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 あくまでも、私個人の意見です。

2012年08月04日

8月4日(土曜日)  屈棒屈棒

 おはようございます。

 めちゃくちゃいい天気。朝の空気は気持ちいいです。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 今日のも、わけわからないと言えばわからない。

 ある僧が定州和尚(唐代)のところから烏臼(うきゅう・唐代)和尚のところへ来た。
烏臼「定州のところとわしのところと比べてどうじゃな」
僧 「別に変わったことはありません」
烏臼「別に変わりが無いなら、こんな所におらず、もう一度あそこへ帰れ。(と言って棒で打つ)」
僧 「ほんとうに棒を使う眼をお持ちなら、人を見て打つべきです。いいかげんに人を打ったりしてはなりません」
烏臼「わしは今日、ほんとうに打ち甲斐のある奴をひとり見つけた(と言って3回打つ)」
 僧はもう和尚の手の内見えた、とさっさと出て行こうとした。
烏臼「盲棒(めくら)でも甘んじて受けているやつがいるぞ」
僧 「(向き直って)棒は老師が握っておられるのですから、どうしようもありません(賓位(客の位置)のまま挨拶(?)をする)」
烏臼「お前さんが欲しいのなら回してやるぞ」
 僧はそれならこっちが主位(主人の位置)だとばかりに近づき棒を奪い取り、烏臼を3回打った。
烏臼「屈棒屈棒(盲棒じゃ、盲棒じゃ・・・これ前の解釈に従うと「めくらだ、めくらだ」となるのだけど・・・なんか意味が違うような)
僧 「盲棒でも受ける人がおありですぞ」
烏臼「君のようにできた人物にいいかげんの棒を行じて、すまなんだ」
 僧は賓位にもどってすっと礼拝した。
烏臼「なんだそんなことですますのか」
 烏臼は再び主位に戻って切り込む。もう僧は相手にしない。大笑いして出て行った。
烏臼「よう使うた、よう使うた(でかした、でかした)」

 ここでは主位と賓位が問題になるみたい。要するにどちらが格上か、とかどちらが主導権を握っているか、という問題かな。それがくるくる変わっているのはわかる。まあ師であっても、自分より格上の人であっても、つっこみを入れようと思う時には入れる、みたいな話か。

posted by kingstone at 09:33| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 全体もそうですが,一語一語が大事にされていないのを感じます。

 「屈」は「屈辱」のように「無理矢理前屈みさせる」「いわれのない」と言う意味です。「盲」は「先が見えていない」「あてずっぽう」の意味です。

 「屈棒」は「(たたく本人は鬱憤はらしなど意味あるけど,たたかれる方には何の言われもない)理不尽な叩き」で「盲棒」は「(たたく本人もよくわかっていない)場当たりメチャクチャな叩き」と,異なります。漢語を現代日本語の常識だけで読み解くというのは無理があります。
Posted by もずらいと at 2012年08月04日 11:35
もずらいとさん、どうもです。

|「屈棒」は「(たたく本人は鬱憤はらしなど意味あるけど,たたかれる方には何の言われもない)理不尽な叩き」
|「盲棒」は「(たたく本人もよくわかっていない)場当たりメチャクチャな叩き」

めちゃめちゃ勉強になります。
なんか理解が進んだ気が(あくまで気ですが・・・)します。
結局どちらが主(主導権を握る、という意味でもあるし、その瞬間の上下関係でもある)か、ということと、その関係が瞬間瞬間に変化する、それだけのことですね。(でもそのために棒で叩かんでもええような気はします)


Posted by kingstone at 2012年08月04日 12:03
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