私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年07月01日

7月1日(日)  禅がないのではなく、ただ師がいないだけだ

 おはようございます。

 雨です。昨日からよく降ってます。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 黄檗和尚(生年不詳-850。臨済の師)がある時、門人に垂示していた。

黄檗「お前たちはみんな酒の糟食いばかりだ。そんなふうで行脚をして、どこで悟るというのだ。大唐国内どこを探しても禅師らしき禅師はおらぬぞ」
僧 「諸方に道場を構えて雲水を指導しておられる師家方は、あれはいったいどうなんです?」
黄檗「いや、禅が無いといったのではない、ただ師がないだけなんだ」

 秋月さんは黄檗の様子について「はじめの勢いはどこへやら、まるで『わしが悪かった』とでもいわんばかりの竜頭蛇尾ぶりではないか」と書いておられます。しかしそうかな・・・こういうことってどこにでもありそうな気がするが。枝葉末節の知識・技術は教えてくれるけれど一番大事なことは教えてくれない、とか。

 まあ、秋月さんとしてはその後のほうの「愚かしい風情」こそが良いのだ、と言いたいようです。

posted by kingstone at 06:58| Comment(2) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>はじめの勢いはどこへやら

ではないでしょうね。「お前らそんなディベートみたいな発想だから悟れねーんだよ」という怒りすぎてのあきらめを感じます。
Posted by もずらいと at 2012年07月01日 08:28
もずらいとさん、どうもです。

これはこっちのほうじゃないかなあ、と思いました。「あきらめ」とまではいかないかもしれませんが。(つまり十分怒ってる)

Posted by kingstone at 2012年07月01日 09:38
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック