くもり(?霞?)です。
ー秋月龍a著 一日一禅より kingstoneちょい変えー
白隠下雑則より
浅草の雷門の普請をしたとき、大工はどこから手斧初めをしたぞ。
昨日の「どこから手をつけたか」という問答と同類ですね。
秋月さんの解説は
「どこ」が問題である。仏教の空間論である。それは浅草の雷門であっても日光の陽明門であってもかまわない。ここから着手したという「ここ」が発見できれなければこの公案は透れない。禅道仏法の原点は、「即今(いま)・此処(ここ)・自己」にある。これを離れて仏法はない、禅もない。
で、即興、その時、「ここ」とか示すことができればいいんだろうし、実はそれはどうでもいい、みたいな・・・
おめめどうのハッピーセミナー 6月30日〜7月1日(5月30日に催行か否か決まります)
は最少催行人数に達せず、今年は中止です。私としてはオタク話のできるチャンスがひとつ減って残念。
で、もともと私は「講義」ってのはせず「ツッコミ」担当なんだけど、それって「禅語」のツッコミ合いと同じようなもんじゃないか、とふと思った。
ラベル:挨拶 天気 禅語