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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年05月18日

1999年4月17日の自主研修会のレジメ

 1999年4月17日にある知的障害養護学校での自主研修会の時に私の配布したレジメです。

 私はレジメ(?ハンドアウト?何て言うのがいいのだろう?)は見出しの羅列でできるだけ情報量の少ない方がいいと考えています。で、実際のその場での音声言語・視覚的な物で肝心のことを伝えるのがいいと思っています。その視点からすると、このレジメは「良くない」とは思うのですが。

 それと、1999年の一地方の正規の教育を受けていない一変人教師の書いていることですから、時代の制約、人の制約とかがきつく出ているとは思います。

 で「テーマ」が「自閉症って何?」ですが・・・これを知的障害養護学校で4月の初めの自主研修会に持ってきたわけですが・・・こんなこと、4月の新年度の入学式・始業式の始まる前、あるいは異動が決まった人ならその時点で公的研修でやるのが当然のテーマでしょう。しかし1996年4月から1999年3月までそんなもののあったためしがありませんでした。私の地域の知的障害養護学校では初めて私がやったことでしょう。

 さて現在はどうでしょうか?
 時代は「自閉症と言ってはいけない」という時代では無くなりました。どうなってるのかな?

 少なくとも、ある知的障害特別支援学校では、異動してこられた先生方が「筑波大学附属養護学校での先進的取り組みのビデオ」を見る機会があり、解説として「見てわかるスケジュール」とか「自立課題学習」のことが出てきたとのこと。

 世の中にはそういう学校も出てきているわけだ。

 しかし、不思議なのは異動して来た先生方に、なぜ「筑波大学附属養護学校での先進的取り組みのビデオ」なんだろう??なぜ「その学校の取り組み」のビデオじゃ無いんだろう??ここめちゃ不思議なんですけど・・・
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                        1999.4.17
           自閉症って何?


 一番最初 精神分裂病をモデルに提唱された
 原因として様々なことが言われたが大きな力を持ったのが「親の養育態度」
 しかし、少なくとも「原因」としては全否定されている

 現在 行動発達的視点を加味した「行動的症候群」として整理されている。
 その原因(生物学的基盤)は解明できていない

診断基準
  1980 DSM-III
   ・対人関係
   ・言語発達
   ・同一性の保持(こだわりや常同行動)
  1992〜3 ICD-10
  1994 DSM-IV

必須な症候のみを取り上げ、それらが全部揃っているか否か(欠点 どのような具体的行動を基準とするかが難しい)
   DSM-IIIなど


 特徴的な行動を列挙し、それぞれの行動特徴を持つか否かを得点化し、総合得点で定量的に診断する。(欠点 診断例に共通する特徴を抽出することが必ずしも保障されない)
   CARSなど(?15の尺度で評価する)
         
 両者の利点を融合
   ICD-10
   DSM-IV など

   ICD-10 では

広汎性発達障害-|-小児自閉症
        |-非定型自閉症
        |-レット症候群
        |-その他の小児崩壊性障害
        |-精神遅滞と常同運動を伴う過
        | 活動性障害
        |-アスペルガー症候群
        |-その他の広汎性発達障害
        |-特定できない広汎性発達障害

広汎性発達障害
   ・社会的相互交渉の質的異常
   ・コミュニケーションの質的異常
   ・興味や活動が限局し、常同的で反復的なものになっている

ウィングの「三つ組」
   ・人との相互交渉(の障害)
   ・コミュニケーション(の障害)
   ・想像力の発達(の障害)

2.自閉症の特徴

  1.(話言葉での)コミュニケーションが苦手
  2.集中しにくく気が散りやすい
  3.特定の感覚刺激が苦痛
  4.般化・応用が苦手
  5.自由時間をうまく過ごせない
  6.こだわり
  7.人に関する関心が乏しい
  8.柔軟性に乏しい

      目 > 耳
     場所 > 時間
   ルーチン > 変化
  マニュアル > ファジー
     記憶 > 推理
   短い表現 > 長い表現
 
 (作業記憶(WORKING MEMORY)が少ない、しかしタイムスリップ現象がある)

診断についての問題点
  発達障害に関する専門医が少ない
  「自閉症」という言葉を忌み嫌う専門医もいる
  また「自閉症」という言葉のイメージから保護者を傷つけまいとしてこの言葉を使わない医者もいる
  またかつては「診断」のみ合って「療法(療育)」が無いということもあった。

 「診断」はその次の「療法(療育)」がある時に、意味を持つ。

 自閉症(あるいは自閉症スペクトル)に入る一群の人がいる
 ではどうやってつきあっていけばいいのか
 「さぼり」や「わがまま」と見るのか?それとも・・・

 よくある誤解
  「この子は目が合うから自閉症じゃない」
  「この子は人なつっこいから自閉症じゃない」etc.
  ある一点だけを取り上げて「違う」とは言えない。
  (しかし小児科医でもこのような診断をして、保護者を安心(?)させ
   そのため本人が適切な対応を取ってもらえないために迷惑を被る例も)

  重度の知的障害があると自閉症の諸特徴が出てくることが多い。
  (見分けがつきにくい・・・でもつきにくくっても構わないのでは?)

 当たり前のことながら、「ひとりひとりは違う・・・個性的」

「しかし、いくつかの知的障害者の成人施設を訪ねたとき、最も問題と
 言われたのは、自我の弱い自閉症の子どもたちに、できるからといって
 安易に指示を与えて彼らの主体性の芽を摘んでしまい、思春期・青年期
 になって自己表現できずに行動障害を起こさせている現実、である。」

参考文献
  「自閉症治療スベクトラム」(共著)金剛出版
  「自閉症スペクトル」(ウィング)東京書籍
  「CARS 小児自閉症評定尺度」(ショプラー他)岩崎学術出版
  「※名前を控えますが、ある内地留学をしたTEACCHとかABAを
    嫌いな先生の論文(そういうものにも目を通していた)」
  「自閉症」(G・ドーソン)日本文化科学社
posted by kingstone at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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