私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2012年05月11日

5月11日(金曜日)  仏になるのも魔になるのも心しだい

 おはようございます。

 曇りです。
 きのうは曇のあと、ものすごくいい天気になりましたが、今日はどうだろう。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

 これは、昨日の

心生種種法生 心滅種種法滅

の説明についているエピソード。なんでこれが?と思ってたけど、もずらいとさんがつけて下さったコメントを読み「希望」を考えるなら了解できます。

 昔、京都の南禅寺に「泣き婆さん」とあだ名された老婆がいた。降っても泣き、照っても泣く。毎日泣いてばかりいる。南禅寺の和尚が尋ねた。

和尚「婆さん、なぜそんなに泣く」
老婆「私には二人の娘がいます。姉は三条の雪駄屋に、妹は五条の傘屋に嫁に行きました。天気の良い日は傘屋の娘が困るだろうと思うと可哀想でなりません。雨が降れば雪駄屋の娘が困るだろうと思うと泣かずにおれません」
和尚「婆さん、泣かぬが良い。照っても降っても仏様に感謝して暮らせる良い法を授けよう。照った日は雪駄が売れてありがたいと思い、降る日は傘屋はおかげ様で先客万来じゃ、とこう思うのじゃ」

 泣き婆さん、その後はいつもにこにこして感謝の日々を送った。

 まあものごとの両面、どこを見るか、やな。で、どこにも「希望」はあると。

posted by kingstone at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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