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2012年04月27日

自閉症の人の出現率を見えるようにすると

 Togetterで

自閉症の人の出現率を見えるようにすると

をまとめました。こっちにも文と画像とPDFを置いておきます。

 データは、OpenOfficeの図形描画(ドロー)で作りました。OpenOfficeは各データをPDFにする機能があるのでPDFにした後、GIMPで読み込みJPGに変換しています。

 これはもともと「大学に行って来た(ゆるいつながりを作りたくて)」の時のプレゼン用にアイデアは浮かんだのだけど、時間が無くて作れなかった資料です。

 自閉症(スペクトラムと言うともっと多くなるか・・・?)の人の出現率については諸説あり、こないだの韓国の研究では3.2%というのもあったけど、まあ1%はおられるやろ、と言えば特に多すぎもしない率だと思う。見えるようにすればこのくらい。

99と1.jpg

 99の人の感覚と1人の人の感覚が違えば当然99の人の感覚のほうが常識になるし、教育方法なんか考える時も、99人に合った方法から考えられるのは当然だろうと思う。予算もそっちにさかれても当然だろうし。

 で、100の中の1といや、新約聖書のマタイによる福音書の18章「迷い出た羊」のたとえが連想されました。

「ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう」

 まあ自閉症のお子さんも「迷い出る」ってか、周囲の意図と違ってどっか行っちゃうこと、ままあるよなあ、と思いました。で、そら捜しに行く。ただし、ここで大事なのは、そうしても九十九匹が「犠牲」になるわけじゃなく、たぶんこの九十九匹はそうしていても大丈夫、って見極めがあるんだろうな、と思います。

 で、ここで自分自身の記憶に行くのだけど、私が小学生の時、クラスが代表で地域の音楽会に出ることになって担任が「出発までクラスから出ちゃだめだぞ」と言って職員室に戻って行きました。私は周囲の友達から止められたのに「トイレに行きたい」とトイレに行きました。

 トイレを出てクラスに帰って来たら、クラス全員出発してて、私は一人泣く泣く家に帰りました。先生、迷い出た一人を探してくれなかったのね(;_;)

 でも、少なくとも新約聖書の時代、「迷い出た一匹」を捜しに行くのをよしとする考え方があったんや。

 まあ主流の考えであったかどうかはわかりません。「聖書」として残っているくらいだから、主流では無かったと考えるほうが自然なような気はする。

 でも今、なんで一匹が「迷い出た」のか、考え始め、九十九匹の常識と違うものがあるのかな、と考えるのもいいよな。

 なお、最初はこんな図を作りました。

反転.jpg

 でも、自閉症の人の方を赤にすると「赤信号」みたいに思われたらやだな、と思いました。
 で、考えてみると自閉症の人って自分の感情(情熱)とか無いわけじゃないのに表現することが苦手だったりするわけだし、青の静謐みたいなイメージの方がいいよな、とか自閉症じゃない人は感情(情熱)とか出しやすいわけだから赤のイメージがいいよな、と思って色を変えたわけです。

 データ、どっちも別名で保存して置いとけば良かったけど、自閉症の人が青の方のPDFだけ残ってます。こっちにもリンクしておきます。

「100の中の99と1」PDFファイル

posted by kingstone at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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