こういう本をなんと言うんだろう。ラーメンに関する蘊蓄話?「通」の本、というのとは少し違うよな。ラーメンに関するオタク話?学問としては認められないんだろうか?しかし私はまだちゃんと読んでないけど、新井白石の著書とかとの同じ括りになりそうな気がする。
1948年11月、チキンラーメンの日清食品の創設者、安藤百福が大阪の闇市で屋台の支那そばを行列を作って食べている人を見るシーンから始まります。まあそれで「これだ」と思って開発した、ということですが。しかし製品となったのは1958年。10年かかってるんや。
安藤さんは昔の台湾(つまり当時日本)出身。で、もともとラーメンを食べていたから、というわけでなく、大阪の闇市を見て、ということですね。日本のラーメンみたいなものは中国には無かったろうし。私が子どもの頃、父が「ちゃんとした」中華料理屋に連れて行ってくれた時、ラーメンが食べたくてそれらしい「湯麺」というのを頼んだら、全然味が違い、こどもごころには「まずい」と思った記憶があります。
日本にラーメンの入って来た経路も書いてはります。まず水戸黄門が日本で始めて食べた、というのは嘘だ、と。明治中期に横浜や長崎に「南京そば」として入って来ている。また別ルートで札幌にも、これまた中国人の料理人が伝えたらしい。で、この札幌の人が日本人経営者に「これは何という料理だ?」と問われてラーメンの麺を打つ動作を質問されたと思って「拉麺」と答えたのが「ラーメン」という語の始まりだ、という説を紹介しています。
「支那そば」という名前が「中華そば」に変わるのは、1946年、戦勝国中華民国(当時は国民党政府)から支那の呼称はやめてほしい、という申し入れがあったから。だから日本政府が「使わない」よう指示を出したと思うけど、サザエさんでは1948年までは「シナソバ」という表記で1950年に「中華そば」という表記が出てくるとのこと。
また戦後の日本の食料窮乏の中でララ物資というのは本当に「慈善」の気持ちで送られたみたいだけど、それ以外のアメリカ農業戦略(小麦の販路を増やそう)というのもあって小麦が大量に入って来た。で「完全給食」が始まり、しかしちゃんと政府は1954年の学校給食法で「パンまたは米飯」と書いてます。でも米飯給食が試験的に始まるのは1970年。
でその小麦の使い方としてもちろんパンもだけど、中国的なラーメンとイタリア的なスパゲティナポリタンの普及(そしてそれらは本当はそれらの国には無い(?))を著者は指摘しています。
工業生産品の違いについて。武器観について「日本は一点物」「アメリカは大量生産品」という話。
「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」「風の谷のナウシカ」などでも主人公は一点物のメカに乗って戦争する。ところが「スター・ウォーズ」ではルーク・スカイウォーカーは量産型宇宙戦闘機Xウィングに乗って戦う、と。
なるほど。
しかし、著者はアメリカの軍需工場(飛行機)で非熟練工のマリリン・モンローが働いていて、でマスコミに見出されたというエピソードで、まあアメリカは非熟練工でも生産できるようになっていたが、日本は学徒動員とかしても生産できなかったという例を出されているけど、これは熟練工・非熟練工の問題より根本的に資源が無かった、ということかもしれない。もちろんマニュアルがなく統計の考え方もなく、熟練によって工員を育てようという傾向は強かったろうな。
でもなあ、例えば1990年代の特別支援教育でも、「教師の熟練」を求めている感じはしたな。で、ある意味「非熟練の教師でもできるように」システムを作ろうとしているのがTEACCHかもしれない。だから余計に日本で反発を食うのかも、というのは思うなあ。(2000年代については私はわからない)
しかし、大量生産技術への反発はアメリカにだってあり「モダンタイムス」やロバート・A・ハインラインの「夏への扉」が紹介されています。
で、そのあたりの生産技術の進歩、統計の利用などについてはデミング博士の日本への貢献が大きいのだけど、デミングさんてドラッカーさんとは研究者時代の同期であり、互いに影響を与え合う仲だったって。
で著者の(そしてラーメン博物館の方なんかの)主張である「ご当地ラーメンは郷土料理ではない」そりゃそうだなあ。よく考えれば。このご当地ラーメンというのは田中角栄の日本列島改造以後に現れてきたものだと。まあ今のB級グルメと同じで何とか名物を作りたいという思いの中で作られてきたもんだよな。
著者はブラックバスに例えてるけど、なるほど、です。で1950年代後半の観光ブーム、そしてそれは田中角栄の道路政策やその後首相になった時の日本列島改造論による、地方への公共事業によってもたらされたと。
しかしご当地ラーメンが爆発的に普及したのはラーメン博物館以後だと。1990年?これはB級グルメが「B1グランプリ」でいろいろ出て来たのと同じような感じかな。でこれは古くからある郷土料理ではなく、「新たな物語を捏造したもの」「フェィク」と著者は書いているけど、別にそれに「いい」「悪い」の価値観は与えていないと思います。
なんていうか学問としての歴史学だと徹底的に資料にあたり、なんというか「科学」であろうとする態度が必要だろうけど、人間、生きていくには「物語」が大事なことってあるよな。
また著者は「ラーメン二郎」について「宗教性」も書いてはる。しかし、(私はラーメン二郎には行ったことが無いですが)後で出てくる「ラーメンポエム(相田みつお風人生訓・自己啓発みたいな)」はここには無いみたい。
その「宗教性」「ラーメンポエム」っぽさは「九州じゃんがら」を代表例として出してはる。もちろん宗教団体とは関係ないけどね。
しかし、ラーメン店で成功した人にはこういう「自己啓発」とか「宗教性」とかを全面に出すのが多いとか。まあ、そうでなきゃやっとられん、みたいなところはあるのかも。
ラーメン屋じゃないけど、おめめどうに関して言えば、ハルヤンネさんは自己啓発系・ポエム系は強いし、私は宗教臭は強いだろうし、syunさんは禅味かな。
そのあとの指摘、外食産業はグローバル化、低価格化、大きな店・チェーン店化の波にもまれたけれど、唯一ラーメンだけは単価が高くなり、独立店が生き残っている、というのも面白い。もちろん低価格化・チェーン化で成功しているところ(王将・リンガーハットなど)もあるにもかかわらず、です。
で、本の題名の「ラーメンと愛国」だけど、ニセの伝統であるにもかかわらず伝統を前に出し、またそれが愛国というものと結びつく。考えてみれば「国」というのもある意味「ニセの伝統」だよなあ。とにかく物語を作って集団がそれを信じやってく、って感じだもんな。
しかし、それはそれで別に「悪い」もんじゃない。
最後に外国での即席麺の様子が書かれていて面白い。
総輸出額 35億円程度 全世界48か国 総計5980万食 (現地生産のもあるだろうな、と思ったら後ろにそれらしき統計があった)
2009年 即席麺世界総需要 915億食(つまり日本からの輸出量より桁違いに大きい)
中国ダントツ1位>インドネシア>日本>ベトナム
香港では日清食品の「出前一丁」が圧倒的に強いブランド。
東南アジアで強いのはエースコック。ベトナムのシェアは65%
北米などではマルちゃん「Marucyan」が強い。
メキシコでも人気が高く2006年のサッカーワールドカップでは、メキシコ代表の素早いカウンター攻撃を「Marucyan作戦」と名づけた。
1996年ペルー日本公邸占拠事件では、ゲリラの女の子がインスタントラーメンがあまりに美味しくて家族に持って帰ってあげようとした。しかしゲリラは全員射殺された。たぶんラーメンを食べることができないくらい貧しかったのだろう。
うむうむ。小さなおめめどうが生き残る道のヒントがいろいろあったような気がします。
フード左翼とフード右翼 速水健朗著
ラベル:ラーメン 愛国
「嘘」は言い過ぎですね。中華風の麺料理が入ってきたのは事実です。それが今で言うラーメンとは
違うというのは確かですが、元々中国の料理を元に抜本的に改良したわけですから、「嘘」とは言え
ません。カリフォルニアのアボガド巻きだけを見て「日本から寿司が伝来したのは嘘だ」と言うような
ものです。
> 「支那そば」という名前が「中華そば」に変わるのは、1946年、戦勝国中華民国(当時は国民党政府)から支那の呼称はやめてほしい、という申し入れがあったから。だから日本政府が「使わない」よう指示を出したと思うけど、サザエさんでは1948年までは「シナソバ」という表記で1950年に「中華そば」という表記が出てくるとのこと。
でも「シナチク」はそのままですよね。「中華竹」とは言いません。さらに言えば「China」は「支那」と同源ですが。「People Republic of China」なんて英語訳に反対しないといけません。「中華人民共和国」なのですから、「People Republic of Central World」と言わないと。
> また戦後の日本の食料窮乏の中でララ物資というのは本当に「慈善」の気持ちで送られたみたいだけど、それ以外のアメリカ農業戦略(小麦の販路を増やそう)というのもあって小麦が大量に入って来た。で「完全給食」が始まり、しかしちゃんと政府は1954年の学校給食法で「パンまたは米飯」と書いてます。でも米飯給食が試験的に始まるのは1970年。
これも「米国憎し」のバイアスがかかっています。現在ですら、元々かなり少ない米国の米生産のうち、日本と同じインディカ米は2%です。当時「日本が食べている米」なんて米国は生産していませんしノウハウもありません。逆に考えれば分かります。もし、間違って日本が太平洋戦争に勝利したとして、南洋諸島に食糧支援で「タロイモ」輸出するでしょうか?するわけありませんね。生産してないのだから。
> しかし、著者はアメリカの軍需工場(飛行機)で非熟練工のマリリン・モンローが働いていて、でマスコミに見出されたというエピソードで、まあアメリカは非熟練工でも生産できるようになっていたが、日本は学徒動員とかしても生産できなかったという例を出されているけど、これは熟練工・非熟練工の問題より根本的に資源が無かった、ということかもしれない。
基本的に、「普通の人」の技術水準が高かったのです。自動車運転免許保有率は比較になりません。米国では前線へ飛行機を送るために民間の飛行機ライセンス所有者を大量動員しましたが、逆に言うとそのくらい飛行機の免許を持っている人がいたのです。機械に対する受容力があったのです。それに対して大日本帝國では38式歩兵銃ですら公差図面が存在せず、職人が最終調整しないと鉄砲が作れませんでした。
> でもなあ、例えば1990年代の特別支援教育でも、「教師の熟練」を求めている感じはしたな。
特別支援教育に限った話ではないでしょう。教育界全体が「名人教師」を「標準」にという戦前からの日本と同じメンタリティーでした。
>で、ある意味「非熟練の教師でもできるように」システムを作ろうとしているのがTEACCHかもしれない。だから余計に日本で反発を食うのかも、というのは思うなあ。(2000年代については私はわからない)
いや、TEACCHは「高機能自閉症」のためのものです。それを重度に適用すれば破綻します。お膝元のノースカロライナだって、重度の行動傷害と知的障害を伴う自閉症者はインクルーシブできていません。
> しかし、大量生産技術への反発はアメリカにだってあり「モダンタイムス」やロバート・A・ハインラインの「夏への扉」が紹介されています。
チャップリンは元々イギリス人ですから、例えとしては不適切ですね。イギリス人は「成り上がりのヤンキー」を基本的にバカにしています。米国では障害者を「Challenged」と言いますが、イギリス人が「あいつらはいつでもチャレンジしないと不安なんだよ」とバカにしているのを直接伺ったことがあります。
> で著者の(そしてラーメン博物館の方なんかの)主張である「ご当地ラーメンは郷土料理ではない」そりゃそうだなあ。
著者はバカですね。郷土料理で歴史が浅いものなんていくらでもあります。江戸時代以前と明治以降では食材量が桁違いなのですから当たり前です。肉料理なんて基本的に明治以降ですよ。松阪牛はアリでラーメンはダメ?ソーラン節なんて明治以降の近代民謡なのに勘違いしている人は多いです。昔、とある民舞劇団が「悠久の昔よりのしらべをお届けします」と言って「春の海」を演奏したときはひっくり返りました。この曲は宮城道雄が昭和4年に作った曲です。日本の歴史はまだ100年ないのかい(^^;)?
> しかし、ラーメン店で成功した人にはこういう「自己啓発」とか「宗教性」とかを全面に出すのが多いとか。
当たり前でしょう。「自営業」で成功したのですから。著者はバカです。
> ラーメン屋じゃないけど、おめめどうに関して言えば、ハルヤンネさんは自己啓発系・ポエム系は強いし、私は宗教臭は強いだろうし、syunさんは禅味かな。
株式会社でない自営業なら当然です。逆にそのまま株式会社になったらすぐ倒産間違いなしです。
う〜〜ん、面白いから別エントリにしてもいいくらいだけど、コメントにとどめておくか・・・
|それが今で言うラーメンとは違うというのは確かですが
なるほど。私が食べた「湯麺」みたいなもんかな。
|でも「シナチク」はそのまま
そういや、そうだ。でもって中国文学者の高橋和巳さんは1960年代でも「支那学」と書いてはりました。
|元々かなり少ない米国の米生産
あっ、ごめんなさい。文がわかりにくかったですね。米国の麦生産が多くなり過ぎたはけ口を日本に求めた、って話で、米飯給食については米国が輸出したって話ではなく、1970年になって日本の中で米が過剰になってから米飯給食はやっと始まった、っていうことです。しかし、もとの話は確かに「米国憎し」のバイアスはあるかも。
|「普通の人」の技術水準が高かったのです
そうなんすか。
|大日本帝國では38式歩兵銃ですら公差図面が存在せず
交差図面という言葉を知りませんでした。ぐぐったら
http://www.nmri.go.jp/eng/khirata/design/ch03/ch03_02.html
が出てきましたが、読んでみるとやっぱり日本では「熟練」を要求している、ってことなのかな??
「図面」どおりではなく「判断」を重視してるように読めますが。
|TEACCHは「高機能自閉症」のためのもの
それはちゃうと思うぞ。
|チャップリンは元々イギリス人ですから、例えとしては不適切ですね
なるほど。
|「悠久の昔よりのしらべをお届けします」と言って「春の海」を演奏した
まさに「捏造された歴史」ですね・・・
|そのまま株式会社になったらすぐ倒産間違いなし
おいおい。おめめどうは株式会社です(^_^;)
もちろん株は売り買いはされてないでしょうが。
第二次大戦後だったら欧州だって穀物生産は壊滅的でしたから、そちらがメインだったでしょう。日本の場合、明治維新でもそうですが劇的な変化があると過去を全否定します。「※などという栄養効率の悪いものを食べていたから負けた」とかね。「日本語なんて非論理的なものを使っていたから戦争に負けたのだ」というのも国家的にあって常用漢字の前身の当用漢字は「漢字は全廃する」きっかけとしたものだったです。現代仮名遣いも「読みと書きが異なる歴史的仮名遣いはダサい」という理屈によるものです。過去との連絡を絶っても誰も気にしなかったのです。戦後から昭和の末期まで「ご飯ってちょっとイケテない」という感覚は米国の洗脳ではなく、欧米崇拝の感覚から自発的に日本人が持っていたものです。
>読んでみるとやっぱり日本では「熟練」を要求している、ってことなのかな??
ちょっと違いますね。標準公差に納まるような精度の高い冶金技術がなかったのです。
>|TEACCHは「高機能自閉症」のためのもの
>
>それはちゃうと思うぞ。
違いませんよ。元々、TEACCHはそれを行うことでインクルーシブな世界に適応できて、「福祉を受ける実から納税者に」なるはずで、初期はそうなっていたようです。数年前に「自立センター」ができましたが、それは「なかなか自立できるようになりません」ということです。重度の自閉症者にもTEACCHは「分かりやすい」ですよ。でも、それだけ。2年前から知的障害教育の現場に戻りましたが、今の自閉症児は幼少から視覚支援を受けているようで、「それにはまりきっていてそれがないと自ら判断できない」場合と「それによって選択とかいろいろしなくていけないのがストレスらしく、うぜーと感じている」場合が結構あるのを実感しています。少なくとも日本の文化風土には合っていません。また、10年来言っている「単に教習所の中で運転が上手い人を育てるだけの手法」と、強く感じます。
>|そのまま株式会社になったらすぐ倒産間違いなし
>
>おいおい。おめめどうは株式会社です(^_^;)
>もちろん株は売り買いはされてないでしょうが。
ここは説明不足でした。
>外食産業はグローバル化、低価格化、大きな店・チェーン店化の波にもまれたけれど、唯一ラーメンだけは単価が高くなり、独立店が生き残っている、というのも面白い。もちろん低価格化・チェーン化で成功しているところ(王将・リンガーハットなど)もあるにもかかわらず
を念頭に置いています。つまり、おめめどうにとってハルヤンネさんは1人だと言うことです。ラーメン屋には個性的で接客態度から言えば噴飯ものの店主も多数います。でも、こういう店はプチSMとでも言うべき、通常の接客業ではないのです。たとえば、寺内タケシとブルージーンズが1970年代後半にセカンド・ギターで宇都木裕という人がいました。彼のテクニックはたぶん寺内タケシを超えていて、寺内タケシがいつ休んでも良いようにすべてのレパートリーをコピーしてました。でも、客は「寺内タケシ」を見に来るのです。
教員の世界も職人の世界と重なる部分があります。ですから
>ある意味「非熟練の教師でもできるように」システムを作ろうとしているのがTEACCHかもしれない。
は間違いなのです。米国の教育は「教科教育限定」です。学習塾のメソッドなら正しい話ですが。「勉強はできるがマナーは何一つ身に付いていない」を日本の教員は「OK」としません。そして、実際の生活では「相対性理論が分かる」よりは「挨拶ができる」方が数千倍重要です