私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年03月22日

3月22日(木曜日)  三世諸仏 是有是無

 おはようございます。

 おだやかないい天気。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー
                           ー碧厳録ー

 張拙秀才(生没年不詳)が西堂和尚に問うた。

張拙「山河大地は有か無か。三世諸仏は有か無か」
西堂「有だ」
張拙「あやまりです」
西堂「先生はこれまで誰に参禅されたか」
張拙「径山老師に参じました。私が参禅すると、径山老師はすべて『無だ』といわれました」
西堂「先生はどんな家族がおありか」
張拙「妻が一人と子どもが二人です」
西堂「径山にはどんな家族があるか」
張拙「径山老師は古仏です。家庭などあるものですか。老師を謗らないでください」
西堂「先生、あなたが家族について径山和尚のようであって、はじめてすべてを『無だ』というべきです」
 張拙は頭をたれるだけであった。

 こういうことはよくあります。同じ言葉を発するにしても、「で、ほんまのところお前はどれだけやってから言うてんねん」ってやつ。

 しかし、上記のエピソードの場合は「家族の有無」で発言の重み(?)を言ってるとしたら的外れやと思うけどな。「結婚もしていないのに結婚について語れるかい」「子どももいないのに子どもについて語れるかい」ってのと一緒ちゃうか?で、そんなことは全然ないもんな。


秀才(Wikipediaより)
 郷挙里選で秀才が設けられたのは、漢代のことである。
 隋代(581-618)に科挙が始められると、科挙の科目になった秀才は科挙中でも重視され、及第者は10名にしか過ぎなかった。
 貞観年間(627年 - 649年)に、地方から推薦された学生が不合格になった際には、推挙した州県官に罰則が下される規定が新設された。これによって、推薦者・受験者が無くなってしまった。

 そら、落ちたら推薦者が罰せられるのなら誰も推薦せえへんわ・・・

posted by kingstone at 08:14| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> しかし、上記のエピソードの場合は「家族の有無」で発言の重み(?)を言ってるとしたら的外れやと思うけどな。

 的はずれはkingstoneさんです。浄土真宗以外基本的に仏門に帰依する人は妻帯を認められておりません。

>張拙「径山老師は古仏です。家庭などあるものですか。老師を謗らないでください」

は「あんたはそんな安全位置にいて老師と同じ意見を言うとは滑稽千万」と言うことでありどこもおかしくありません。浄土真宗以外で「家族の有無」はとっても「重み」があるのです。

>。「結婚もしていないのに結婚について語れるかい」「子どももいないのに子どもについて語れるかい」ってのと一緒ちゃうか?

とは全然違います。老師は「結婚を排除した仏法に帰依した世界」に住んでいるのです。張拙秀才は俗世間に日和ったわけです。浄土真宗以外では「悟れるわけのない」人という認定を受けます。
Posted by もずらいと at 2012年03月22日 20:55
もずらいとさん、どうもです。

うふふ、神父さんが妻帯しているわけはない、というのと同じですね。
で私はあえて言ってるわけ。

一休さんがあれこれやってたのと同じで、ある意味「妻帯」の有無で老師を褒めるとか謗るとかいう段階でアウトだろう、ということです。

でも一休さん、「俺なら娼家に上がってもいいけど、他の僧は上がってはいけない」みたいなこと言ってるけど(笑)
Posted by kingstone at 2012年03月22日 22:07
 kingstoneさんの考えは仏教と大きく乖離しているので、なんの建設的な批判にも提言にもなっていません。むしろ「俺の考えの方が理がある」という「オレ様」を発揮しているだけです。それは「威圧と暴力が正しい」という教師と何らかわりのない論理構造です。
Posted by もずらいと at 2012年03月22日 22:20
石橋湛山、東洋経済新報社の記者出身の第55代内閣総理大臣。

明治17年、日蓮宗の僧侶である杉田湛誓と、その妻きんの長男として生まれた。
当時の宗教界の慣習に従い、母方の石橋姓を名のる。
湛誓はのちに日布と改名し、日蓮宗の大本山、身延山久遠寺の第81世法主に就任する。

生まれたのは東京だが、父が山梨県の寺の住職になったため、甲府に転居。
さらに静岡県の寺に移ったとき、湛山ひとりが山梨県鏡中条村の長遠寺の住職、望月日顕に預けられ、きびしくも温かく育てられた。
望月も日布の後に久遠寺の第82世法主に就任している。湛山は「望月上人の薫陶を受けえたことは、一生の幸福であった」と回想しているが、逆にいえば親との関わりは薄かった。

植民地政策に真っ向から反対する「小日本主義」のところ、すごいです。
経済学から導かれた合理性と、日蓮宗の僧侶の家に生まれた出自からくる宗教的な道義性が実を結んだと。

こういうのも、立派な「ハンディキャップ原理」だな、と。
ありがとうございます。

すみません。
おかあさま、どうか、本当にすみません。

一休宗純は破戒僧を自ら望んで世相の形骸化を皮肉ることを選んだのでしょう。
しいてこの場に合った話題としては森瞽女と暮らしていた、ことかな。


※「ハンディキャップ原理」というのがあるそうです。
もともと無駄なことをすることが生物学的な資質の強さを表すという考え。最初は冗談かと思っていたらそういう形質を埋め込んでシミュレーションするといろいろなものが進化するということがわかってきたそうです。今は進化生物学ではきわめて大切な原理になっている、そうです。 脳学者岡ノ谷一夫さんの対談集「言葉の誕生を科学する」から。
Posted by at 2012年03月31日 05:49
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