私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年03月14日

7.私の実践

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

 当時の私の実践動画の一部は私のこのブログの「実践動画」というカテゴリで見ることができます。

 1例を上げます。



 1998年にたまたま私の学年がベテラン教師がみーーんな病気で休んでしまうという事態が起こります。で代替教員として何も知らない大学出たての新人さん2人と組むことになってしまいます。

 で、私は当時の学校の常識と違うことをしようとしてたわけだし、「もう学校追い出されるかもしれんけど、私のやりたいようにやらせて」とお願いしました。そしたら「私ら何もわかりませんしぃ。ついていくしかありません」と言って協力してくれることになりました。でも「ついていくしかありません」言うたにしてはもう私に対してもめちゃめちゃ反論し、疑問をぶつけして来ましたけどね。で、私はその質問に答える。そして相談する。そうやって、クラス運営していきました。

 で、「見てわかる」とか「その子の表現を出す」「選択を取り入れる」などをしていって、本当にびっくりするくらい学年全体が変わりました。また給食についても「スプーンを突っ込んでも完食させる」というのは「うちのクラスはなし」「残してもいい」と宣言して、子どもも教師もリラックスして食べることができるようになりました。

 でね、「残す」というのがむつかしい子がいるのがすごく問題だ、というのがわかってきます。しかし「残すことを認める」というのはある意味教師にとってすごく怖いことでもあります。で、お母さんに

「もし、この『残すというコミュニケーション』の指導をして、もうまったく給食を食べない、ということになるかもしれません。かまへん?」

とお尋ねして

「今は食べることよりコミュニケーションが大切やからかまいません。給食食べなかったら家で食べればええだけやし」

と許可を得て取り組みます。
 で、このカードを使ったりしたわけです。

hanbun.jpg

 あっ、大事なのは、こちらがこれを見せるんじゃありません。その子がこのカードをトンとしたりして、こちらに表現して教えてくれるわけです。結局1日だけほとんど食べない日があったかな。でも2週間ほどである程度適切に残せるようになりました。

 このあたりのことは、私のこのブログの「過去の記事」という言葉が入ったタイトルのエントリに書いています。

過去の記事1(TEACCHの5日間セミナーにて) からの一連のエントリです。

 給食関係を集めているのはこちら。

食器 給食指導・偏食指導のことを並べてみた

 まあ、そんなこんなで、学年が変わっていき、私はそれをビデオに撮って学校のみなさんにお知らせしたりしたわけです。

 でね・・・基本的に威嚇と暴力を使うような先生はあんまり特別支援教育のこと勉強していないから、特に反論はしてきませんでした。まあただ無視する。あるいは「うちの子はあんたとこの子より重いから無理」と言う。嘘つけえ、言うんですけど。

 で、問題は私が最初に知的障害養護学校で私を守ってくれた熱心でよく勉強する先生とかが、「TEACCH!そんな非人間的なことやっちゃいけないでしょう!」とか言って私にやめさせようとしにくるわけです。これが複数おられました。

 ところがね、最初、その先生が自閉症の子に「洗濯物干しに行こう」と言って、その子が素直についていったのか、私は勉強してよくわかりました。その先生は音声言語を出しつつ洗濯物干しを突き出しておられたのです。

monohosi.JPG

 つまり具体物で示しているわけです。

 しかし、その先生自身はそうやりながら、TEACCHから学ぶ、というかカードを見せてやりとりするということには大反対。またその先生自身、「見てわかるものを使えばいい」ということを周囲の私のような未熟な先生に伝えられないわけです。で「信頼関係を作ることが大事」とかおっしゃる。しかし、確かにそうなのですが、どうやったら信頼関係ができるのか、さっぱり未熟な私にはわからなかったわけです。

 で、当時、結構TEACCHって日本全体でそんな感じでした。よく勉強している熱心な先生からは「やっちゃいけない」と非難され、またTEACCHをよく勉強し日本で指導的立場にある先生が私と一緒に講義をする時「えっ!TEACCHって名前、出すの・・・(出さないほうがいいよ、というニュアンスで)」おっしゃったり、まるで非合法組織みたいな扱われ方でした。

 それから、みなさんも気をつけて頂きたいですけど「厳しい」「優しい」という軸と、「威嚇や暴力を使う」「威嚇や暴力を使わない」というのはまったく関係ない軸ですから。また「教育できる」「できない」の軸ともまったく別です。
 「威嚇せず」しかし「最後まで見守る厳しさ」なんて教育もあるのですから。

 で、まあその他いろいろあったけど小学部では威嚇と暴力が無くなっていきました。
 ある日、私は校長に呼ばれました。
「中学部に行ってくれへんか」
 いやあ、中学部はバリバリにまだ威嚇と暴力を使っていました。だから校長としては何とかしたいという気があったのではないか、と思います。で、私、中学校の免許、無いんですよね。(ある意味中学のほうが位が上です)

 で、結局中学部に行くことを引き受けました。まあそこらへんの威嚇と暴力の話はブログを読んでいただくとして別の話をします。

8.いろいろな人がいるのだという話

この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック