私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年03月14日

2.AACについてと昔の知的障害養護学校の話

※わかりやすくするために、言い過ぎ、や科学的でないこと、また一般論を言いますので、個別には私の話に合わない例もあるかもしれません。その点ご容赦下さい。

AAC.png

 AACというのはAugmentative and Alternative Communication。拡大代替コミュニケーションです。



 要するに、「音声言語、口から出る言葉以外のものでもコミュニケーションできたらええやん」という考え方。手話もAACの一部です。音声言語じゃないですから。で、絵やシンボルを利用したり、こんな五十音カードを指さしたり、パソコンや、音声の出る器具たとえばこのメッセージメイトを利用したり、して何とか本人に表現してもらおうとやってました。

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 50音表の例(おめめどうの「あいうえおメモ」(これは、現在廃版中))

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 メッセージメイト(VOCA)

 まあ、後半6年くらいそういうことに取り組み、最初は理解されませんでしたが、最後は私と一緒に勉強してくれる先生も飛躍的に増えました。で、1996年16年前に私は知的障害養護学校に「パソコンを導入するから運用できるようにしてくれ」ということで異動になります。

 知的障害養護学校というのは、この赤のあたりの子が来るわけです。

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 あまり当時は肢体不自由の子は来ませんでした。今は両方の障害のあるお子さんが来るようにはなってきています。(この間まで「肢体不自由養護学校」「知的障害養護学校」とか呼んでいたのが「肢体不自由特別支援学校」「知的障害特別支援学校」という名前になり、今は理念としては「支援学校」というふうに変わってきています。これについての私の意見は別に書きます)

 で、赴任して1年生を担当します。
 全校集会で各学年ビシッと並んでいます。
 ところが入学したての1年生ははちゃめちゃ。
 で、学年主任の先生は「いいのよ。並べなくても」と言って下さいました。この先生、すごく勉強熱心で、子どもにも好かれ、同僚にも好かれる先生でした。これ覚えておいて下さい。

 でもなんか他の学年は抑圧的だと思いました。
 例えば、頻繁に怒鳴って言うことをきかそうとしていました。
 また偏食がきつくて給食が食べられない子も多いのですが、そういう子には「怖い顔」をして「気合を入れて」んっとスプーンをつきだし、場合によってはスプーンを口の中に突っ込み、食べさせ、手早く完食させられる先生が「力量のある先生」と見られていました。これは公文書なんかで出されているわけでなく、例えば食べさせられない先生がいればその先生がいない時に「あの先生、食べさせられへん先生やなあ」とか陰口を聞かされるとかいう形で教師の常識になっていく形でした。
 また私は肢体不自由養護学校ではなんとか表現を出さそうとしていたのに、その知的障害養護学校全体では表現を抑えよう、教師の言うことをきかそう、とばかりしているように見えました。

 ところで私が担当した子は典型的な自閉症でした。その時は、その子が自閉症であることはわかっていたけれど、他に自閉症の子がいるかどうかはよくわかりませんでした。私はどう関わったらいいかわからない。誰も教えてくれません。やっぱり偏食もきつかった。で、私もスプーンを口につっこむのはやりました。でもすぐに負けました・・・口で何か言っても聞いてくれません。

 ところが最初に言った、勉強熱心な先生は、たとえばその子に「洗濯もの干しに行こうか」と言うとすっとその子が言うことを聞いてついていくわけです。私が言うことなんか、聞かないです。もうそれだけで「すごい!!」でも私との違いがわからないわけです。で、その先生も「心構え」は言ってくれるけど、どこが違うのかは教えてくれませんでした。

 もうこの年は、その子に迷惑かけたと思います。

 でも、「自閉症」というキーワードがそんなに重要なものとは思わず、私は1年目はパソコンの研修グループの長としてそちらの勉強ばかりしていました。

 ある時、こんなことがありました。

 私が静かに教室で担当の子と遊んでいました。そしたら教室の前に他の学年の子どもがふらーっと立っていました。その時私にはわかっていませんでしたが、自閉症のお子さんでした。するとどこから怒声が響きました。でちょっとしたら「教師同士でいる時はなよなよっとしていて弱そうな女の先生」が走って来てその子をどついて蹴りました。「掃除をせえ!」とか言いながら。で私と目が合うと「はっ」としたように走り去って行きました。

 その先生の学年も集会の時、ビシッと並ぶので「力量がある」とされていた先生です。

 で、よく観察すると陰でそこここで暴力をふるっている先生が少数ですがいました。怒鳴ること、乱暴に引っ張ったり押したりは多くの先生がしょっちゅうでした。

 私は悩んで肢体不自由養護学校時代に、子どもたちに遊べるおもちゃを作ってもらっていたボランティアグループといくらふとのsyunさんに話しました。この人、知的障害者通所更生施設に勤めてはったんですが、私、趣味のおもちゃ作りにはまって、仕事まともにやってない人かと思っていたんですよね。そしたらまあ言うことがめちゃ的確。

 で、一度その施設に見学に行かせて欲しいと頼みましたが、普段はこっちの授業もあるし、なかなか行けませんでした。
 
 2年目、1997年の夏休み、やっとsyunさんの施設に行きました。あちらはまだ盆休みなってなかったから行けたわけです。

 そこではそうも大きくない部屋(養護学校の1教室くらい)の部屋に10数人の利用者さんがいてsyunさんともう一人の職員がいました。木工班でしたけど、それぞれの人が思い思いに作業をしたり、ベンチで休んだり。すごく落ち着いて過ごしていました。

 別段syunさんが指示を出す、ってこともない。

 でその後驚愕するんですが、syunさん、もう一人の職員さんに「kingstoneさん案内してくるわ」と言って私を促して出て行ってしまったんですね。これ、何がすごいって言って、私の勤務している知的障害養護学校では、基本的には教師1に対して子ども2人(近隣の学校を調べたことがありますがある程度以上の規模はだいたいこう。法律では3人ですが、運用で2人にまでしている。規模の小さい学校だと1対1になっていました)。それでも「重度の子がいるからもっと人手を」という状態で、そんな授業中に離れられるような状態じゃない。しかも、syunさんのところは養護学校では最重度の手のかかる人ばかりが来ている。当日は、養護学校時代は強度行動障害と言って、破壊・他害・失禁など問題行動がひどくて養護学校では「1対1が必要です。それでもむつかしいです」みたいなことを言われていた人も落ち着いて生活してる。それが1対十数人で全然OK。

 で、この時、syunさんのやってることから多くのことを学びましたが、見落としていることがありました。それがついこないだわかりました。また後で言います。

 で、あれこれ勉強したのですが・・・

 で、その後、私はTEACCHに関する本・講演会・研究会から多くのことを学びますが、そこで学んだまず自閉症のことから説明します。

3.自閉症とは
この記事へのコメント
> また偏食がきつくて給食が食べられない子も多いのですが、そういう子には「怖い顔」をして「気合を入れて」んっとスプーンをつきだし、場合によってはスプーンを口の中に突っ込み、食べさせ、手早く完食させられる先生が「力量のある先生」と見られていました。これは公文書なんかで出されているわけでなく、例えば食べさせられない先生がいればその先生がいない時に「あの先生、食べさせられへん先生やなあ」とか陰口を聞かされるとかいう形で教師の常識になっていく形でした。

 どっちが良いとは言いませんが、私の経験例で「うちの子はフライドチキンと唐揚げ以外は食べないので(食べさせようとするととてつもなく暴れる。少なくとも家庭では)、給食は要りません。うちから毎日弁当を持って行かせます」という事例がありました。もちろん、弁当は「唐揚げのみ。詰め合わせ」です。その子は卒業して数年後には体重100kgを超え、そんな偏った食生活なので歩けなくなりました。「それでもいい。自身の思いが大切なのだ」というのなら偏食指導はしなくても良いでしょう。
 嫌いなものなんて「食わず嫌い」でも「食べたくない」と言うものです。それを許容して、その先に辛い生活が待っていても自己決定というのならそれはそれです。ちなみに私は「死ぬよりは楽だ。喰え」と指導しています。多分、そういうことを嫌悪されている人からは「最低の指導」と思われているはずです。
 しかし、3.11のようなことが起きたとき「ケンタッキー・フライドチキンしか食べられません」なんて障害者は餓死するより仕方ないのですよ?それは自己決定ではありません。ただ、周囲が「バカ」なだけ。
Posted by もずらいと at 2012年03月14日 21:24
もずらいとさん、どうもです。

うふふ、連続エントリアップ中の途中につけて頂いたコメントですね。

「選択活動」や「自己責任」のところでもう私の考えは書いているとは思いますが。
http://kingstone3.seesaa.net/article/257721876.html
のあたりですね。

>「死ぬよりは楽だ。喰え」

これ、ものすごく大事なことだと思います。しかし「喰え」も必要ないなあ、とは思います。「食べ物が無くて死にそうだ」という状況になっちゃえば食べると思いますから。それをどうやって作るか、ですね。

>周囲が「バカ」なだけ

最近、私、ネットでもリアルでも同じようなことを言い出してる・・・(^_^;)


Posted by kingstone at 2012年03月15日 14:12
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