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 あくまでも、私個人の意見です。

2012年03月14日

3月14日(水曜日)  無功徳

 おはようございます。

 いい天気です。


ー秋月龍a著  一日一禅より  kingstoneちょい変えー

無功徳  むくどく

 南朝梁(りょう)の天子武帝(464-549)は熱心な仏教信者で仏教講義をしたり、たくさんの寺を作ったりした。
 インドから大聖達磨がやって来たと聞き、勅使をたてて都に迎え、相見した。

武帝「私は多くの仏寺を建立し、たくさんの僧に官許(ってことはお金もついてくるのかな?)を与えて供養した。さだめし、広大な功徳があることであろう」
達磨「無功徳(功徳など無い)」

 功徳を思い現世利益を求める心が、すでにもう真の宗教とは無縁のものである。

 なるほど。

posted by kingstone at 09:09| Comment(4) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 まぁ達磨大師は禅宗の開祖、つまり小乗仏教ですからね。大乗仏教的な感覚なら武帝は財力にものを言わせたとしても結果的に多くの人に安寧や喜びを与えたわけですから「功徳」は大なりといえます。つまり、達磨大師の見解も「大いなる世界」を考慮していない点で「間違っている」のです。
Posted by もずらいと at 2012年03月14日 19:52
もずらいとさん、どうもです。

|達磨大師は禅宗の開祖、つまり小乗仏教ですから

ええっ!
禅って大乗になるのかと思っていた・・・

|「功徳」は大なりといえます

ええっと、これは武帝から周囲の人におおいに功徳を施した、ということで、達磨さんの言いたいのは「だから天(?あるいは仏様??う〜〜ん、いったい何になるんだろう・・・)から武帝に功徳が来るってもんじゃない」ってことじゃないですか。
Posted by kingstone at 2012年03月14日 20:38
>禅って大乗になるのかと思っていた・・・

 違いますよ。自身が修行することで悟りを開くのが小乗仏教です。大乗仏教は「仏にすがることで極楽浄土にいける」というものです。大雑把に言えば。

>達磨さんの言いたいのは「だから天(?あるいは仏様??う〜〜ん、いったい何になるんだろう・・・)から武帝に功徳が来るってもんじゃない」ってことじゃないですか。

 達磨大師は「自身が苦行をすることなく財力にあかせても無意味」としているわけです。でも、大乗仏教の考えだったら「よこしまな理由があるとしてもそれだけのことをするのならそれは評価するべきである」ということです、。
Posted by もずらいと at 2012年03月14日 21:13
|よこしまな理由があるとしてもそれだけのことをするのならそれは評価するべきである

あっ、子どもの頃読んだ子供向け仏教説話集で「嘘から出たまこと」というのがあって、結構好きでした。
Posted by kingstone at 2012年03月14日 21:27
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