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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2012年02月12日

「ちづる」 自閉症の人が主人公のドキュメンタリー

 元町映画館に行って「ちづる」を見て来ました。

 行ったら映画館の外にいっぱい人が立ってて「うおっ、入れないか??」と一瞬ひやっとしました。
 係の人が「中でチケットを買って」と言われ、1700円払うと、そのままは入れず62番の整理券をもらいました。
 「では60番以降の方」と言われてから入りましたが、一番前が空いていて座れたのはラッキー。満員で、立ち見や階段での座り見の方とたくさん出ていました。

 パンフレットは700円で、中を見たら「ちーちゃんの主治医が観た映画『ちづる』と自閉症について」というページがあり、主治医誰かなと見たら内山登紀夫さんでした。肩書きは「横浜発達クリニック・福島大学教授」

映画「ちづる」 自閉症の人が主人公(?)の映画 

にも書いたとおり、予告編にも「妹は意外とカワイイかも」という字幕が出てきますが、ほんまちづるさん、かわいい人だと思います。(二十歳を過ぎた女性に言ってはいけないのだろうか・・・)

 お母さんもステキです。

 映画を撮られたのは赤崎正和さん。ちづるさんのお兄さんです。最初、ちづるさんだけを撮っていたのだけど、撮った素材を観た指導教授に「これは千鶴さんと兄である君とお母さんの家族の物語だ」と指摘され、方針が変わったそう。教授すごいな。

 パンフレットには(映画の中にも出てきますが)ちづるさんの絵も入ってます。なんか魅力的な絵です。「単品をお金出して買うか」と問われたら「う〜〜ん」だけど、何かの文の横にカットとしてあったりしたら嬉しいかなあ。

 それから、この映画は立教大学現代心理学部映像身体学科の卒業制作として作られています。だからオープニングには立教大学のマークが出てきます。これもカッコイイ。

追記
 ちづるさん、首にかけたストラップになんかモフモフした小さなぬいぐるみみたいなものを触るのを好んではるようでした。「心の杖」でもありますね。

自閉症やアスペルガー症候群の人へのモフモフ(あるいは心の杖について)

 「ちづる」は2月17日(金)までです。

 さて、これからはネタバレになり、また私が正直に思ったことを書くので上から目線とか、障害のある人の家の内側の事情もわからずに、とか反発される部分もあるやもしれません。そういうのがお嫌いな方は読まないようにして下さい。私が自閉症の方とお会いしたら、どういうところを見ていくのか、というあたりはよくわかると思います。




 まず、こういう公開された情報がある、ということがありがたいことだと思います。で、ほんまのとこから、話していくしかないですから。

 で、特に特別支援教育担当教師や就学前施設や成人施設の職員さんなどにはほんと伝えたいなあ、と思って書いていきます。

 また、私は難聴でセリフの聞きとれない部分も多いですし、頭の中の情報処理も問題があるのか場面転換についていけない部分もありましたので、まったく誤解している部分もあるかもしれません。

 ちづるさんは1歳11ヶ月で自閉症と診断されています。(すごく早く診断されるようになっていますね)
 そして3歳で知的障害もある、ということがわかったとのこと。
 なるほど。ここでは「自閉症」と「知的障害」は2本だてとして考えられていますね。「知的障害」の方は「ものおぼえが悪い」とかそっちのほうの尺度になるでしょう。「自閉症」は奇妙な(?)行動の方で診断されたのでしょう。わざわざこんなことを書くのは、「知的障害」に「自閉症」を含めて話をされるかたもいるし(私はどっちかというとこっち)、含めないで話をされる方もおられるので。
 もちろん「知的障害のない自閉症」という言葉もあるし、私も使うことがあります。
 まあ、要するにちづるさんの場合は「カナータイプの自閉症」とか「知的障害のある自閉症」とか言われるタイプなわけです。

 最初の会話

兄「どこ行くの?」
ち「オリンピック」

 オリンピックは近所(?)のホームセンターみたいなとこ。ペットも売っている。

 で、ここでわかるのはちづるさんは音声言語がまったく無いわけではない、ということ。


 年賀状を選んでいるようなシーンが出てきます。私は「切手シートの当たり」を調べているのかと思ったら、違ったみたい。ある年賀状を見て大喜びしはります。そこには「成人式おめでとう」というのを見つけて喜んだよう。

 ここでわかるのはちづるさんは「成人式おめでとう」などの文は読めるし、意味がわかる。そしてそう書いた葉書が来て嬉しい、ということがわかる。

 ただし・・・この年賀状、ちづるさんが「不安定」になっているので(ちづるさんを喜ばせてあげようと)お母さんが書いたものだった、みたいのシーンがありました。違うかな?

 年賀状を見ながら筆まめか何かの葉書用ソフトにちづるさんが住所を入力していくシーンがあります。住所を読み、それをキーボードを操作して記録していく、またたぶん1枚終わったら次に入力などもできるんじゃないかな。

 なお、初めの方に「ちづるさんに住所録を消されちゃった」というトラブルも起こってます。対処法としたら「パソコンは個人持ち」それが無理ならOSを立ち上がる時にそれぞれがパスワードを入れ、触れる範囲を指定する、などの対処ができると思いました。

 ペットの本を楽しそうに読んではるシーンも。


 でね・・・ここから書くことは、お母さんを批判する気はさらさらありません。しかし、冒頭の方と途中と2ヶ所、お母さんとちづるさんの「言い合い」になっている部分があります。

 冒頭部のトラブル。

ち「髪切っちゃうの」
母「切らないの」

 途中のトラブル。ちづるさんがお母さんの財布からお金(1万円札を含む)を出して持ちだした様子。それに対して取っ組み合いみたいになりながら

母「勝手にお金を持って行ったの!ドロボー!」

母「わかるでしょ!」

 いや・・・自閉症でない人がわかるようにはわかってはらへんのは確実やと思いますが。

 でもって、どっちが先かは忘れましたが、ちづるさんが母のほっぺたを平手打ちし、母はちづるさんのほっぺたを平手打ちするシーンが出てきます。またお母さんも力ではちづるさんを抑えきれなくなってる部分も。(ちづるさんの両手を掴んていたのだけど、お母さんがアイてて、みたいなシーンが出てきます)でもちづるさんだってそんな大柄な人じゃないんですよね。180cmで80kgの大男、みたいな自閉症の人だってたくさんいるわけで・・・この対応はいろいろまずい。

 でね、私、ずうううっと見ていたんだけど、視覚支援らしい視覚支援は出てこないのね。

 お母さん、上の2つのシーンでは「言ってきかそう」としてはる。それはたぶん「わからない」です。ちょっとここ内山登紀夫さんが主治医で・・・と思いました。もちろん主治医は大方針を出すだけで、いろいろやっていくのは特別支援担当教師とかの責任になるんだけどね。日常生活、まずほとんどが音声言語。

 「お金」のトラブルはちょっとめんどくさいけど、私はお母さんの財布は身体から離す時は鍵のかかるところにしまう、とかいうので対処したいなあ。

  追記
   ひょっとしてこれはもうされていたのかもしれませんが、
   「『ちづるさんの物』を買う時は『お母さんの財布』からお金を出さない」
   ってのも大事ですね。
   で、ちづるさん自身にちづるさんの財布から出してもらう。
   「自分の物」がはっきりしないことには「他人の物」もはっきりしませんし。

 前の「髪切っちゃう」というのは、もちろん「髪を切ったらかっこ悪い」というのを書いて、描いて伝えると同時に、「スケジュール」とかその他その他、見てわかる環境を整えて、やることを増やして「髪を切る」に至らない工夫をしたいところ。

 
 そういえば、視覚支援というかグッズの利用としては、ちづるさんがティファールかなんかの電熱湯沸かし器でお湯を沸かし、カップ麺にそそいでからできあがるのを待つのに砂時計を作るシーンが出てきます。

 またこの湯沸しについては、飼っているワンちゃんのために餌を入れるお皿にまず湯を入れ、そこにドッグフードを入れてから上げるシーンもあります。すごいことができるんですよね。

 またワンちゃん(これが賢い!ちゃんとウンチを決められた場所でする)のウンチをちづるさんが始末するシーンも。

 すごくいろんなことができはるんですよね。


 ですが、ちづるさんは中2から学校に通えなくなっていきます。これはちづるさんはあんまり関わって来られたくないのに、関わりに来る子がいて、それが行きたくない大きな理由になったみたい。

 う〜〜ん。これってよくあることです。学校の先生が対応を考えることですが・・・

他害についての記事リンクのまとめ「たたく引っぱる」や「問題行動の考え方」も

の中の「たたく、引っぱる」って題のついてるのはまさにそういう問題を扱っています。

 基本的に「どっちが悪い」じゃなく、どちらのお子さんも楽しめるように環境を設定していったわけですが。

 また私のやったような対応では無理で、別の「落ち着ける部屋」とか用意する必要もあったかもしれません。もっと言えばちづるさんにとって楽しいこと、やりたいこと、それらが「見てわかる」ようにされながら用意されていたのか?そこらへんが疑問になります。

 これは主治医の内山先生の問題ではたぶん無いですね。
 ちづるさんは1990年生まれ。ということは1996年(おおお、私が知的障害特別支援学校に異動した年だ!)から学校に行き始め、2003年頃に学校に行けなくなったわけです。
 その頃、特別支援教育担当者を教える大学教授とか、精神科医さんとか、めちゃめちゃなことを言う人も多かったし。2003年と言えば、神様みたいな指導主事が「kingstoneの言うことは嘘ばっかりや!」と叫んだ年ですから。内山さんがいかにまっとうなことを言っても学校側が聞く耳を持たないなんて可能性はおおいにあった頃だと思います。

 映画の途中でちづるさんが「しんよこはま地域活動ホーム」って所に自ら行ってみる、と言います。
 「何するの?」と尋ねられて「パン作り」とか答えてはりました。
 しかし1日終わって帰る時「(もう)行かない」と言います。
 中では「行方不明」とかにもなったみたい。

 う〜〜ん・・・「見てわかる」ように職員さんも、お母さんも何らかの手立てをしてはったかなあ・・・・その上でのことやろか・・・何もなしで、とちゃうやろか・・・そら「行きたなくなるなあ・・・」と思う・・・

 ちづるさん、ある程度「しゃべれ」ます。それだけに周囲にめちゃ誤解されてないかなあ・・・

 いろいろ好き放題書きました。

 でも、ほんとちづるさんもお母さんもすてきです。観る価値のある映画だと思います。

 しかしプロの方は「ええ映画やった」で終わらさず、あれこれ考えて頂きたいと思います。
ラベル:映画 自閉症
この記事へのコメント
 私はこういうコンセプトの映画は生理的に受け付けないので絶対見ません。
Posted by もずらいと at 2012年02月13日 21:14
もずらいとさん、どうもです。

|私はこういうコンセプトの映画は生理的に受け付けない

はて?
どんなコンセプトなんだろう?
私はいまいちコンセプトはわかってない。
Posted by kingstone at 2012年02月13日 23:57
もっと早く知りたかったです。残念!

自分の日常と重なるところがあって苦しくなりました。
おっしゃるように、もっと家庭での”支援”の勉強を、母親がしていかなければ本人が大変なのだと思います。
しかし・・・。
パートナー(旦那様)を失っているのですよね。
お子さんの支援の前に、お母さんの深い悲しみに寄り添う支援が先では?
と・・・感じました。
Posted by mannnaka at 2018年02月18日 21:04
mannnaka さん、どうもです。
ええっと、私はお母さまを批判するつもりは毛頭ありません。
ただし学校は批判したいと思います。
養護学校の教師はお母さまに何を伝えていたのだろう?
そしてお母さまが特に「"支援"の勉強」をせずとも、自然に支援方法が身につくようにしていく義務が学校(養護学校あるいは特別支援学校)にはあると考えています。
なお、この映画を作られたお兄様は、私が映画を見たときには「知的障害者施設」に勤務されているとのことだったので、「今後はしっかり勉強して下さいね」とお願いしておきました。
なお、お母さまの深い悲しみに寄り添うのは大切なことで、それは周囲の方がなさることだろうなあ・・・
Posted by kingstone at 2018年02月19日 18:04
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