私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。
この記事へのコメント
 「愛」というのはどうとでも取れる概念なので自閉症であれなんであれ扱うこと自体が無意味な気がします。一般的な愛とか愛情とか愛着という定義で言えば、私は教員やってこの方そういうことを念頭に教えたことはありません。教員は「職人」であり、その児童生徒にとって必要な知識技能を習得させることが使命であって愛情なんてものはそれを遂行する上で必要ありませんから。
 逆説的に言うと、だから私は感情的に怒ることはめったにありません(殴られたりかじられたりして肉体的に痛い時に感情的に怒ることはあります)。「計算して」怒るからです。
 私に言わせればTEACCH風信者の「自閉症には自閉症のあり方があるんだ。君たちは悪くない」みたいな人も、威嚇系の人も「愛情を持っている」という意味では等価であり、また「スキルが偏っている」という意味でも等価です。

 私は常々言ってますが「教員は傭兵と同じ」。つまり、1年でとりあえずの結果を出すべきなのです。そのための手法は様々です。私が受け持った自閉症児で、内言語はだいぶあるはずで、所持のスキルもあるはずなのに言葉もそうですが、文字が全然書けない子がいました。私は個別学習でずっとその子の名前を書かせました。その勉強は嫌いなのでワンワン泣きまくっていました。ところが、ある日を境に湯水のように文字を書くようになり、あまつさえ足し算までできるようになりました。
 自慢しますが、足し算は想定外ですが、私は「この子は臨界点に達したらガンガン字を書くはずだ」だという予測を立ててました。これは理屈だけでなく勘も必要な「職人技」です。TEACCHじゃこんな発想はないはずです。
Posted by もずらいと at 2011年11月15日 19:47
もずらいとさん、どうもです。

|教員は傭兵と同じ

これにはまったく同意です。
Posted by kingstone at 2011年11月15日 20:11
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