私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年10月16日

障害者相談支援従事者初任者研修テキスト 続き2



 読書メモ


3 社会資源活用の実際

「個別支援会議」個別の支援会議・サービス担当者会議(全部同じ。サービス利用計画の検討)

「地域自立支援協議会」サービス調整会議。(市町村、障害者関係機関などの代表者で構成。個々のケアマネジメント評価、社会資源評価、開発の検討)

  1 社会資源は公的サービスに限らない

 介護保険は公的サービスの上限を決める。「障害者自立支援法」では「障害区分の決定」後「公的なサービスに留まらないサービス利用計画を作成」

 これはいい。つまり「なんでも使ってうまくいくようにする」わけだ。
 問題は「障害区分の決定」部分かな。

 資源例「10本の指」

1.家族
2.親戚
3.近隣
4.友人
5.ボランティア
6.地域の団体や組織
7.法人
8.行政
9.企業
10.本人

 ははあ。本人も入ってる。これはいいことだな。でもって1〜4も現実解として大事だろう。

  2 家族支援の事例から
 
 知的障害のある兄弟。兄は特別支援学校小1、弟は保育園年中ADHD。
 母親1か月の入院に際して。

 個別支援会議
 参加者 父親、福祉事務所CW、特別支援学校担任、保育園主任、祖父母

 この例を見ると、学童や就学前のお子さんに関わる事例でもOKなわけだ。(どうでもいい話ですが、この事例では缶ジュースが110円です。いつから120円になったんだろう・・・)

  3 医療的ケアの必要な事例から

 気管切開・胃瘻の生徒の例。

  4 住み込みの就職先で解雇となった人への支援の事例から

 むう、年金やハローワークのことも知らないといけないんだ。

  5 児童入所施設から地域生活移行への事例から

 この例で面白いのは「地域活動支援センター」での受け入れが職員体制上無理となった時、居宅介護事業者からヘルパー派遣の体制を作ったこと。

4 社会資源を開発していく
  1 資源づくりは一つひとつの個別支援会議の積み重ねから
  2 個別支援会議で生まれた一つの資源は地域に波及していく
  3 相談支援専門員は資源開発の土産をお互いに持ちよる
  4 制度や要綱を状況に即して変更していくことも、一つの資源開発
  5 サービスの分化とともに、その役割も明確になっていく


 確かにその通り。しかしいろいろ知らないといけないなあ。

 ところで昨日読んだ部分でふと思ったこと。一番最初「情報の共有」から始まるわけだけれど、そこができていない場合どうするか、ってこと。

 「自閉症とは」「ADHDとは」「このA君はどういうお子さんか」そこんとこの「知ってる情報」に徹底的に齟齬がある場合、「伝える」必要が出てくるよな。違う言い方をすれば「教えてあげる」になる場合も。で、それがまた難しい・・・ってか相手が「違う!」って言って「情報共有」にならなかったり。「基本的な手立て」をいらないと言ったり・・・
この記事へのコメント
「社会資源は公的サービスに限らない」うん、そうだ。

でも、概して障害児者の家族って社会とつながる力が弱くなりがちだよ。
それが問題なんだろうなと思います。


また来ます。今日はFHANDで言うところの月の輪熊があそびにきてました。
おめめどうの丹波黒豆を茹でていたので、半分あげました。ほかほか。
Posted by みやび at 2011年10月17日 00:30
みやびさん、どうもです。

|概して障害児者の家族って社会とつながる力が弱くなりがちだよ

そうなんよね。
いろいろと実感することがあります。
どう、社会とつながる時の触媒になれるか、というのも大事だろうな。
Posted by kingstone at 2011年10月17日 06:07
うんうん。

社会とつながる力とは何か、とよく考えます。

たとえば「海洋天堂」で言えば、お父さんは誰にでもやさしいんですよ。
怒鳴りつけられてる同僚にすっと代わって「私がやります」と言う。
自閉症の息子との心中が失敗したその日にです。
館長さんにとってはこのお父さんはかけがえのない部下だったと思います。
だからこそお父さんが命をかけて行く末を案じていると知った大福(ターフー)の後見人に加わったのだと思います。

自分に思いを寄せてくれる雑貨屋のおばちゃんに、自分からは何も求めずラジオを直してあげたり親切です。
このおばちゃんも、あだっぽくて女性としていろいろあったんじゃないかと思われます。不実な男はいっぱい見てきたと。
だからこそ、こんなに誠実な男の人はいない、一緒になりたいと思っていたのでしょうね。

見終わってからBBと話しました。
一緒にならなくてよかった、だろうと。
一緒になってしまえば、初心はどうあれだんだんと関係が歪(ひず)んでいくでしょう。
自分のことは何も求めなかったからこそ、
館長さんとおばちゃんと、亡くなった奥さんと、施設の先生と、すべての本物の愛を勝ち得たんだよって。
私、泣きそうな顔をしてまっすぐBBを見ていたと思います。
BBも笑ってうなずいてくれました。

BBは再婚です。私もBBに出会うまでいろいろありました。


「ぼくはうみがみたくなりました」もね。
淳一くんを本当に守ったのはケータイGPSではないです。
そんなもの定型発達の子供に持たせても危急にはなんの役にもたたないことは多々あります。

本当に淳一を守ったのは、お母さんがそのまっすぐな気立てを認めて、毎年欠かさず年賀状を用意してあげたことだと思うのです。


大切なことですよ。^^
Posted by みやび at 2011年10月17日 07:05
う〜〜ん・・・

「何ももとめず」って言われると理屈っぽい私はこだわってしまうかなあ。
ってか私は「いろいろ求めて」つきあってるから・・・

たいていは「おもしろい(興味深い)」を求めて動いてるなあ。
Posted by kingstone at 2011年10月17日 10:14
健常者ならね。

自分の生きていくために必要なものはすでになんでも揃ってるもん。
「いろいろ求めて」ってのは、あとはおやつみたいなものです。

何をするにも手をかりるCP者の自立生活運動で考えてみます。

「母よ!殺すな」が復刻されてるので読み終わりました。

横塚晃一さんの考えで、とても共感したのは「ヘルパーはCPから何かを得たいとおもってやってくる。こちらからもしてもらったことと同じだけのものをお返しして、その上でなお自己主張はする」というのがあります。与え合うことを知っていた横塚さんの深いやさしさは、私の胸にも響きます。

こういう関係を模索するだけでも、普通の人とは違う哲学を必要とするのです。
Posted by みやび at 2011年10月17日 17:39
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