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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年09月18日

愛と青春の旅だち みたいな短期集中訓練が必要では

福井大に来春「連合大学院」 発達障害対応、4大と連携

という記事を教えてもらってあれこれ考えたこと。

 院生として想定しているのは、医師のほか特別支援教育に携わる学校教員やスクールカウンセラー、看護師ら。特に教員らは、5年以上の実務経験があれば、学部卒でも受験できることになっており「現場での指導者」の養成に力を入れる。大学院博士前期課程や修士課程の修了者は、修了分野を問わず受験資格がある。

 いやあ・・・もちろんこういう分野「研究」が進むのはいいことですが・・・

 まあ、こういうのと同時にそれと同時並立可で、別コースで、教育学部生・福祉関係学部生・専門学校生・現職教員などの1〜2か月の短期集中訓練みたいなのが必要だと思います。映画「愛と青春の旅立ち」みたいな。



 特別支援教育を戦争と同じに考えちゃいかんかもですが、今の特別支援教育って「戦史」とか「図上演習」ばっかりやって、「武器」の使い方も「体の使い方」も習わないまま「実戦」に放り込まれて、で「使い物にならん」と上司や同僚からも保護者からも見なされて、みたいなことになってないかな。で、現場教師が苦しんでいる。もちろん児童・生徒が一番被害を受けてるわけですが。

 別に「愛と青春の旅だち」みたいに相手のプライドをぐちゃぐちゃにするタイプのしんどい訓練をしろ、というわけではありません。

 でも例えば「見てわかる物」は「武器」に相当すると思うし。その作り方、使い方、これは武器扱いのノウハウです。あと「体の使い方」はほんまに相手との間合い、「見てわかる物」の提示の仕方、その他その他、ほんまに「体の使い方」になるし。それから自立課題教材の作り方も「武器のあ使い方」であると同時に「体の使い方」でもあります。

 そうやなあ。自立課題学習とともに家事活動とか余暇活動とか、そういうのも実際に当事者につきあって、やってみないとあかんよな。

 で、幼児から成人までの年齢の様々な人と関わらないといけないでしょう。ライフステージを見渡さなければ、なんで幼児期とか小学生の時期にそんななことするのかわからない、ということになるでしょうから。(小さい頃は「うまくいっているように見える」ことが後年ちょっとまずいことだったりします)

 あと障害レベルも通常学級に普通にいるレベルの方から特別支援学校にいるレベル(っていう言い方は変ではあるのですが・・・だいたい今、特別支援学校に行かなくてもいい人が大量に行ってはるような気がするし・・・)の方までいろんな方と関わる必要があるかな。

 で、これだって1月〜2月あれば十分じゃないかな。

「そりゃ今でも教育実習や現場実習でやっている」と言われるかもしれませんが・・・できてりゃみんな困ってないわけで。

 しかし、教育実習などにしろ、短期集中訓練にしろ「愛と青春の旅だち」で言えばフォーリー軍曹の役まわりができる人がいなけりゃなんないわけで、その人がいないのが問題か。OJTをするにしろ。


 大学院での再教育に私が「う〜〜ん」となるのは、まず「お金がかかる」ってことがあるし、それから記事を読んでても「現場教員を訓練する」のじゃなくて「研究者を育てる」という方向に教える側も教えられる側もなるのじゃないか、ってこと。

 あと、現場ではそんな大層な学歴の人、いらんで、というのもある。まじな話、中学生、高校生がほんの少しの知識・技術をお伝えするだけで現職特別支援学校教師よりもいい関わり方をしてくれてる例はいっぱい見て来ましたから。特別支援学校教師は確かに「障害のある子に慣れてる」けど、ただそれだけだったりします。(悪慣れ、という言い方もできるかもしれない)

 ちなみに私はTEACCHのセミナー(実際に自閉症の人と関わりながら学ばせてもらう)は、2日・5日・2日・5日で計14日行きました。実際には前半の9日分くらいがものすごく大きかったかな。最後の5日間はおまけ、総まとめ、みたいな感じでした。ってことは5日×2の2週間あれば十分。(それも無理と言うなら2日間・3日間からでもいいですが)5日×4=20日間、1か月あれば、自閉症の人以外のことだってできるでしょう。

 あと、私は「現場教師が楽になる」ことを考えていますが、この大学院教育で現場教師が楽になるだろうか・・・

 そういや、私が特別支援学校時代(知の時か肢の時か忘れた)、1年間の内地留学をした同僚がいましたけれど、指導教官は「私はあなたにいい論文を書いてもらうことしか考えていない」とおっしゃったとか。まあ「いい論文」が「いい実践」に関わるものだったらいいのだけど、基本は「論文を集め読む」「論文を書く」というスキルのことじゃないかな。いや、それも研究者には大切なスキルです。しかし、現場の教師が困っているのはそんなことじゃない。

 あと、私は「資格」の種類ばかりが増えて、現実の役にあまり立ってないのじゃないか、ってのも不満だったりします。

 まあ、人間、何か勉強しようと思うのは欲得ずく、ってのはあって、資格が取れる、で給料が上がる、出世できる、ってのは大きな動機(モチベーション)になることは確かですけど。

 「愛と青春の旅だち」で言えば主人公ザック(リチャード・ギア)は、確か職が無く、訓練課程を終えれば仕事ももらえるし、あまつさえフォーリー軍曹より上の階級にさえなるわけで。確かにそういうものも必要なのかな。

 私の場合、TEACCHのセミナーに行こうが資格には何の関係もなく給料にも関係無かったですが、何で行こうと思ったのだろう。今、目の前に展開されていることが「まずい」と思った、ということが大きいですけど。そういや教員養成をしたり現職教員を内地留学で指導する地域で有力な大学教授は「TEACCHのセミナーは決して行ってはいけない」って言ってましたが。つまり「えらいさんからの評価はかえって悪くなる」「給料も上がらない」けど「眼の前で起きていることが間違っているように思えて苦しい。この苦しみから逃れたい」という大きな欲望をもって行ったわけですが。(つまり私だって欲があって行った)

 なお、私が特別支援教育総合研究所に2か月の内地留学に行った時、今は違うかもしれませんが、他のコースは何か資格が貰えたのですが、教育工学コースは資格がもらえませんでした。ただし、申請すれば大学・大学院での授業単位に換算してくれるのはありました。しかし申請だなんだかんだの手続きの時間がもったいないと思って私は申請しませんでした。なんで教育工学コースは資格はダメだったんだろう。マジな話、他のコースの人たちはある意味休暇を満喫してはりましたが、教育工学コースはみんな脇目もふらず勉強していましたけど。(まあ、単にオタクだってことなんですけど)

posted by kingstone at 19:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
> 大学院での再教育に私が「う〜〜ん」となるのは、まず「お金がかかる」ってことがあるし、

 民間に勤めている人からは批判されまくる発言ですね。自分のすきるアップに金をかけるのは当然です。なぜTEACCHのセミナーには金を出せて、大学院のコストには躊躇するのか分かりません。

>それから記事を読んでても「現場教員を訓練する」のじゃなくて「研究者を育てる」という方向に教える側も教えられる側もなるのじゃないか、ってこと。

 これも間違っていますね。「研究者」の視点がなさすぎるのが現職教員の問題なんです。問題を理論的・体系的にとらえられないから行き当たりばったりになるのです。逆に「現場教員を訓練する」なんて、ノウハウ中心の受け身な教員を増やすのが落ちです。

> あと、現場ではそんな大層な学歴の人、いらんで、というのもある。

 これも間抜けな話です。だったら、教育そのものがいらんじゃん。

>まじな話、中学生、高校生がほんの少しの知識・技術をお伝えするだけで現職特別支援学校教師よりもいい関わり方をしてくれてる例はいっぱい見て来ましたから。特別支援学校教師は確かに「障害のある子に慣れてる」けど、ただそれだけだったりします。(悪慣れ、という言い方もできるかもしれない)

 これも大間違い。素人である中学生、高校生に負けるプロがスカなだけだし、中学生、高校生は素直だからその場でうまくいくことなんていくらでもあります。その中学生、高校生が5年間「いい関わり方をしてくれてる」かというと、そりゃ無理です。
 「ただそれだけだったりします」が真なら、特別支援教育はフルインクルージョンにして同級生にかかわらせれば全て解決ですね。

>指導教官は「私はあなたにいい論文を書いてもらうことしか考えていない」とおっしゃったとか。

 すばらしい教官ではないですか。「いい論文」を書くにはそのバックボーンにいろいろな知識と技能が必要なのですよ。「TEACCHのセミナー」は結局のところ「受け身・ノウハウ」ですからね。「自分で考える」ことを鍛えるわけではないですから。というと「そんなことあらへん」というでしょうが、それはkingstone さんだからです。

>しかし、現場の教師が困っているのはそんなことじゃない。

 それが根本的な間違い。「急がば回れ」って言うでしょ。これはね。いくらでも実例から反証できます。「こういう技法を学びたい」と内地留学した先生は、すごく多くが「その技法のノウハウだけに長けた先生」になっています。「私の希望と違う先生が指導教官になって」なんて先生の方が劇的ビフォーアフター度高いです。

 つまり「現場の教師が困っている」のは「困っている理由の分析・改善するための方法を論理的に検討し構築する」スキルが足りないからです。逆に言えば、それが備わっている先生は大学院に行かなくてもちゃんとやれます。しかし、私はそういう人こそ研究者として優れた先生の下で大学院で学んで欲しいと思いますね。今までのこの教育界で間違っていたのは、そのような人は「謙遜は美徳」としてきたことです。21世紀の教員は主張しなければならないのです。

>あと、私は「資格」の種類ばかりが増えて、現実の役にあまり立ってないのじゃないか、ってのも不満だったりします。

 役に立っていないのは事実ですが、だいたい臨床心理士にしても何にしても民間資格であって国家資格ではありません。「ポケモン・マスター」と同格な程度のものです。そんなものを偉ぶっている奴は笑えばいいんです。

>教員養成をしたり現職教員を内地留学で指導する地域で有力な大学教授

の言動が事実ならそれはバカなだけなので「あの人はこんなこと言ってます」と広めればよろしいだけです。

 なんか厭世観広がる発言なのでコメントしました。
Posted by もずらいと at 2011年09月19日 13:14
もずらいとさん、どうもです。

このコメントへのレスは体力・脳力をフレッシュアップしてから・・・ (^^)
Posted by kingstone at 2011年09月19日 13:35
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