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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年09月01日

NHKディープピープル イルカトレーナー編

NHKディープピープル イルカトレーナー編

 これは面白かった!!

 出演者というか出てきたイルカトレーナーさんは

井上 聰  「鴨川シーワールド」
立川利幸  市立しものせき水族館「海響館」
土屋 祐  「エプソン 品川アクアスタジアム」

 みんなカッコイイ。もう「やってる人」「やってきた人」の自信にあふれている。

 で、井上さんってドラマの主人公にしてもいいくらい渋い。
 
 こないだTogetterでまとめた「自閉症の人の自発性とか表現コミュニケーションとか」の中で

「イルカは餌をつかっていくらでも芸をするけどだからって餌をなくしたら、それはしなくなる」これ、推測やけど、ちゃう、と思う。イルカさんも「いやなこと」はしないと思うよ。

と書いたけど、やっぱりそれはこの番組でも確認できたと思います。

 立川さんがイルカとトレーニングするところ、最初から見せて下さってました。まず笛(音)が鳴ったら餌をあげる。で、それがつながたらそこから「今できてる」行動をものすごく細かいステップで「それをしたら餌がもらえる」ということを理解してもらいつつ形づくっていくわけど、「(イルカにわかりやすい)餌」「わかりやすい標的の棒」「その棒を動かしてできるイルカの動き」などをうまく組み合わせて行動(この場合は芸だけど)を作っていく。

 今作っていく、と書いたけれど、その時1回1回は「今できる」ことなわけね。「できない」ことをやらせてるわけじゃない。そして「わかるもの」を使っている。決して「いくらでも芸をする」って感じじゃない。

 また上記は「トレーナーが作っていく」という感じだけど、番組ホームページにも書いてあったけど立川さんのトレーニング方法のうち、

「スキャニング」と呼ばれるトレーニング方法。イルカに自由に行動をさせて、その中で面白い行動があったら、エサを与えて「もう1回いっておいで」と覚えさせるのだという。

 これ、確か人間に対する応用行動分析(ABA)的手法でも何かあったな、とさっきTwitterで尋ねたら「フリーオペラント」という名前であるみたい。これも「今できる」ことでやる、ってわけだよね。

  追記
   またまた詳しい人に聞いたら、「フリーオペラントというのは先行刺激がない」とのこと。
   ここではトレーナーさんはその場に「いる」わけで・・・それは先行刺激だし・・・
   いやしかし・・・フリーオペラントで関わろうとする人はそこに「いる」わけで・・・
   う〜〜む。今夜はここまで。

 それからよくあるバンドウイルカじゃなくて、別の種類のイルカに「水槽の中からガラス越しにお客様を見つめる(というかお客様の正面で止まる)」という行動を、今まさに教えようとしてはるシーンがあったのだけど、めちゃ面白いシーンがありました。立川さんが、水槽のガラスの外側に立ち、目印の棒を見るというか、その前に静止できたら、水槽の上にいる別のトレーナーが餌をあげる(イルカは見つめたあと、浮上するわけ)のだけど、見つめたあとイルカが浮上する時に立川さんが両腕で◯を作ってるの。いったい、あれは何の動作だ??イルカにサインを送ってるのかな?まずイルカが◯を認識するのか?(もちろんいろんな体の動作でジャンプとかすることは覚えてくれるけど・・・あの◯は・・・)しかもイルカは浮上に移っていて◯を視界には捉えていないように思えたのだけど・・・

 水槽の上のトレーナーさんに送った信号とは見えなかったんだけど・・・

 で、またどのイルカもトレーニング時間は1回15分ほどだったか、とにかくそう長くはない。で、その「みつめる」トレーニングの時、若い女性トレーナーに立川さんのトレーニングを観察してもらっていて、終わってから「ここでやめたのがよかったか?」って反省会してはりました。女性は「もう1回前で止めておいたほうが良かった」って言ってはりました。これも「うまくいったところで終わる」の鉄則を守るため。そうだよなあ。授業でもそうだよなあ。

 で、ショーの時、イルカ(たち)が言うこと(指示)を聞かなくなることあるよね、という話で盛り上がった時に、そういう時どうするんですか?という質問に、井上さんが

井上「もうしゃあねえ、やめ、ってショーをやめちゃう。音楽も止め、トレーナーもいなくなっちゃう」
立川「それはお客さんがちゃんと終わったと思えるようにして?」
井上「いやあ、バレてることもあると思う。でも(若い者にも)バンザイしなさい、って言ってる」

ってのもよくわかります。そうバンザイするしかない時ってあるんすよね。もうそういう時は正直にバンザイしちゃえばいいんすよね。この無理せず、すっと引いちゃう感じ、大事だなあ、と思います。

 それからいろんな行動を教える(それは「芸」と呼ばれるわけだけど)のは、健康管理にも大事、って話もよくわかりました。体を人間にまかせることができる、ができて初めて傷の手当をしたり、注射をしたりができるわけですから。(それもイルカたちがある見通しができて行動するからこそ可能なのだと思います)

 で、やっぱり最後の方で「心が通じるか」って話になって、「通じると思う」「目指したい」というような話になってました。井上さんって「イルカは野生動物であって・・・」とか語ってめっちゃ強面なんですが、イルカと一緒にいる時に「お前、そうだろう!そうだよなあ!」と破顔し、なんていうかイルカをもみくちゃに猫かわいがりしたい、みたいな時がある、って。で、そんな時、後輩トレーナーの視線を感じると急にまじめくさって「イルカは野生動物であって・・・」みたいな表情にする、って。う〜〜ん、説明がむつかしいけど、そんな感じ。たぶん「そうだよなあ!」の時、共感と言ってもいいことが起こってるんすよね。

 この番組、深いし、面白いっす。






posted by kingstone at 23:40| Comment(13) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 猫の芸の仕込み方に似てますね。犬とは違う。となると、イルカは群れの論理の動物ではないのでしょうかね。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 00:43
もずらいとさん、どうもです。

犬と違うこともないと思うけど・・・
Posted by kingstone at 2011年09月02日 01:04
 犬は自身の判断で途中で仕込まれた芸をやめないと思います。

 私はこういうトレーナーの気持ちは分かりません。喰うための仕事なのに「心が通じる」とか、私の感覚では、「ただの偽善」です。

>ショーの時、イルカ(たち)が言うこと(指示)を聞かなくなることあるよね、という話で盛り上がった

というのはプロ意識の欠如のような気がします。心が通じるのなら聞いてくれるでしょうに。

 私は自閉症児者にKINGSTONEさんの解釈をどうとらえるか尋ねてみたいところです。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 01:16
 「エプソン 品川アクアスタジアム」では、5〜6年前「跳べないイルカのラッキー君」が話題になりテレビでも取り上げられました。ラッキーには「できないこと」をやらせていたように思います。しょせんは芸です。教育とかぶらせるのは無理があります。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 05:33
いやほんま、イルカに聞いてみたいねえ。

トレーナーさんたちは「心が通じる」については断言してはらへんのが二人かな。
しかし「喰うための仕事で『心が通じる』」ことは、私はありそうに思います。

で、「言うこと(指示)を聞かなくなる」はそりゃ「心が通じ」ようが「通じ」まいが起こると思います。

ほんまイルカに聞いてみたいね (^^)
Posted by kingstone at 2011年09月02日 06:09
>喰うための仕事で『心が通じる』」ことは、私はありそうに思います。

 私はそこに価値をおいてはいけないという考えです。KINGSTONE さんはそう思っていないと思いますが、えてして教員とか普通の人はそこに「最大限の価値」をおきがちです。「心が通じるけど盲腸でも患者を殺す医者」と「とりつくしまもないが末期ガンですら完治させる医師」で前者を選ぶ人はいないでしょう。
 というと、「心が通じて末期ガンですら完治させる医師」になればいいなんて「いいとこどり」の話になると思いますが、そんなことは無理だから人間なのです。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 06:45
そりゃ「心が通じる」ことと「手術がうまくいくこと」は全然別問題ですやん (^^)

教師と生徒だったらどうだろう・・・別に「通じなくてもいい」と思ってますが、「通じりゃなお良い」あたりかな。
ってか「通じる」って何だ?あたりがそもそも問題にはなる。
Posted by kingstone at 2011年09月02日 06:58
>そりゃ「心が通じる」ことと「手術がうまくいくこと」は全然別問題ですやん (^^)

 そうですよ。でも、教育の世界って教員どころか親だって「あの先生は熱心だから」という部分「のみ」で評価することが多いじゃないですか。理路整然としていると「あの先生は理屈が先に立って」と敬遠されたりね。

>教師と生徒だったらどうだろう・・・別に「通じなくてもいい」と思ってますが、「通じりゃなお良い」あたりかな。

 これは私の感覚とは全然違います。私は「児童生徒に良かれ悪しかれ気心が通じ合うような教員になったら負け」と思っていますから。教員は児童生徒にたいして「威厳的」「威圧的」「絶対的」でないといけません。だから、児童生徒はその壁に向かおうとするのです。もちろんただ単に威圧的なバカは同僚たる我々が殲滅しないといけません。退職させた教員はいませんが療休と翌年転勤の教員なら無数にいます。というと「それはひどい」と思うでしょうが、そいつらが児童生徒にやったことを思えば「殺されないだけマシ」という教員限定です。「あいつ刺してもいいですか!?私もう我慢できません」とか訴えるような教員は「潰す」必要があります。
 自分の教科外の指導にどうこう言うのは本来タブーですが、ガンガン言いました。相手は私より年上なので「あんたは年配にたいして尊敬というものを知らないのか!」と逆ギレしたので「教員は年配か若輩かで評価されません。有能か無能かで評価されます」と答えました。「私をバカ呼ばわりするのか!?」というので「バカをバカというのは正当な評価であって侮蔑的な表現ではありません」と答えました。翌年、転勤しました。
 私は児童生徒にたいして誠実でありたいだけです。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 18:48
ちょっと文が足りなかったですね。

>「あいつ刺してもいいですか!?私もう我慢できません」とか訴えるような教員は「潰す」必要があります。



「あいつ刺してもいいですか!?私もう我慢できません」とか生徒が訴えるような教員は「潰す」必要があります。

です。「生徒が」が抜けてました。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 18:50
おいおい・・・表でやばいレベルになってない・・・ (^_^;)

情景は目に浮かびます。
Posted by kingstone at 2011年09月02日 18:58
>おいおい・・・表でやばいレベルになってない・・・ (^_^;)

 どうなんでしょうね。私はそのあたりの感覚は欠如していますから。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 19:13
元のエントリーに還って言えば、KINGSTONE さんの

>ほんまイルカに聞いてみたいね (^^)

が全てですね。人間側がイルカについてどうこう言っても意味がないのですよ。「人間の理屈」「人間の思考」なのですから。イルカは案外「パシリのくせに時々えらそうなんだよな。5分と潜っていられないくせに」と人間を思っているのかもしれませんし。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 19:18
 ちなみに...。オレ様言動と強引な授業を学部会や研究会でたたきまくって療休になった先生とは、その後むしろ仲良しになりました。彼自身、自分に恐れをなして誰もたたく人がいなくなってしまったので、ことさらそのスタイルを強調するという自覚があったそうです。
 その後も時々強引なところが見えると「また潰しちゃうよ」とか言って「それは...ダメだよ。勘弁してくれよ」みたいな関係になりました。

 日本人の不幸は「大人の事情」とやらで「本気で喧嘩できる相手」を作らないことにあるのかもしれません。
Posted by もずらいと at 2011年09月02日 20:11
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