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 あくまでも、私個人の意見です。

2011年07月04日

特別支援学校(盲・聾・[知][肢][病弱]養護は無くなる方向)

 いったい、今、特別支援学校ってどうなっているのか?興味があったので文部科学省に電話してみました。

 やはりすごく丁寧の答えてくれました。で、また途中「そういうことは県教委に相談して下さい(つまりいわゆるひとつのたらい回し、と外見は見えかける)」ということもありましたが、私は「法律」とか「規則」が知りたかったので、その点を伝えるとまたいろいろ根拠となるものを探し出して下さいました。結構時間がかかったのですが、ありがたいことです。

 まず私が特別支援学校の種類名(知とか肢とかね)を言って話をしていると「もう今はそんな種類は無いんですよ。特別支援学校で一本化しています」ひええ!!そうやったんやあ。つまり特別支援学校は「どんな子でも必要なお子さんはお越しなさい」という「たてまえ」になりつつあるわけですね。

 う〜〜ん、政府(国会?)の出した正式のPDFがどこかはわからないのですが

学校教育法(最終改正:平成一九年六月二七日法律第九八号)平成19年ってことは2007年。最近ですね。4年前。もちろん私が引退してから。この第8章特別支援教育第72条が

学校教育法第72条
 特別支援学校には、小学部及び中学部を置かなければならない。ただし、特別の必要のある場合においては、その一のみを置くことができる。

2 特別支援学校には、小学部及び中学部のほか、幼稚部又は高等部を置くことができ、また、特別の必要のある場合においては、前項の規定にかかわらず、小学部及び中学部を置かないで幼稚部又は高等部のみを置くことができる。


 この文、「それがどないしてん」と思われるかもしれませんが、実はここには「盲・聾・養護学校(知的とか肢体とか病弱とか)を置く」とは「書かれていない」わけです。そして文部科学省は当然その方向から「指導(?)」している。

 しかし、実際には日本中の学校名を調べてみると「◯◯養護学校」という名前も残っていたり、視覚障害特別支援学校とか聴覚障害特別支援学校という名前もあるはずですよね。また「知肢併設です」という言い方も現実にはされています。

 そりゃまあ現実的な解としては当然あっていいことだと思います。

 で、ここからはそれぞれの県教委・市教委レベルの話になるのですが、学校を作るときには「学則」というものを決め、対象の児童・生徒を限定します。おお、これはPDFがあった。文部科学省です。

学校教育法施行規則

 わっ、中身見たら、第3条とかわかんなくて、「いついつこんな改定がされた」というだけの書類じゃん。でも面白いところを見つけた。

 これは今やってる話から横にそれるけど・・・(いやそれないかもしれないドンピシャかも・・・)上のPDFは平成20年3月28日に学校教育法施行規則の一部を改正する省令として出されたものです。その中に

第百三十二条の次に次の一条を加える。
第百三十二条の二 文部科学大臣が、特別支援学校の小学部、中学部又は高等部において、当該特別支援学校又は当該特別支援学校が設置されている地域の実態に照らし、より効果的な教育を実施するため、当該特別支援学校又は当該地域の特色を生かした特別の教育課程を編成して教育を実施する必要があり、かつ、当該特別の教育課程について、教育基本法及び学校教育法第七十二条の規定等に照らして適切であり、児童又は生徒の教育上適切な配慮がなされているものとして文部科学大臣が定める基準を満たしていると認める場合においては、文部科学大臣が別に定めるところにより、第百二十六条から第百二十九条までの
規定の一部又は全部によらないことができる。


とあります。とりあえずここは置いておいて第3条(これは昭和22年[1947年]のままかな)

第三条  学校の設置についての認可の申請又は届出は、それぞれ認可申請書又は届出書に、次の事項(市(特別区を含む。以下同じ。)町村立の小学校及び中学校については、第四号及び第五号の事項を除く。)を記載した書類及び校地、校舎その他直接保育又は教育の用に供する土地及び建物(以下「校地校舎等」という。)の図面を添えてしなければならない。
一  目的
二  名称
三  位置
四  学則
五  経費の見積り及び維持方法
六  開設の時期


 で、ここの「学則」というものに対象児童・生徒が規定されているので、それはそれぞれの教育委員会の話になる、とのことです。

 はてさて、そこで現実の運用を見てみれば特別支援学級の知的障害クラスって「いわゆる勉強ができない、プリントとかをやらせると得点としては低い、あるいはできない」子が来ていて、実はその中には自閉症の子も、また診断名とかがない、わけがわからない子もいたわけです。少なくとも私の現役時代は。

 情緒障害学級(今は名前変わってるのか?)にはだいたい自閉症の子が多かったかな。ただし診断名がそうでない子はたくさんいました。

 肢体不自由学級だと、まあ車イス使用のお子さん。

 難聴学級(難聴言語学級?)だと難聴だったり、聾だったりするお子さん、とはなっていましたね。

 視覚障害学級というのは聞いたことが無い。あり?そういや拡大装置とか用意したクラスはあったような気がするが・・・視覚障害の単一の単一障害の方は盲学校に行ったり、通常校の通常学級にいたりしたなあ。

 で、特別支援学校ですが、私の現役時代は私の実際に体験した学校はそれぞれ知的障害・肢体不自由となっていて、その中が「単一クラス」と「重度重複クラス」にわかれていました。これは知も肢もどっちも。で、単一は法律上は1対6だか7だか8だか9だか、とにかく「特別支援学校に来るレベルのお子さんに対応するにはめちゃ苦しい」人手のかけ方になります。(まあこれも「授業のあり方」を考えればひょっとしたら、ではあるのですがその話は置いておきます)重複だと1対3。それを様々な運用で1対2〜3を実現していたわけね。これは教師以外も利用してです。

 それから現実として肢体不自由養護学校には自閉症や類するコミュニケーション障害の子も結構いました。私は9年間いたけど、「自閉症」について勉強したことはなかったし、自閉症の人にどう対応したらいいかを知っている教師ってまずいなかったんじゃないかと思いますが。(私が知らなかっただけ?ごめんなさい・・・)

 また私の行った知的障害養護学校にも肢体不自由の子はいました。自閉症や類するコミュニケーション障害の子はまじに50%はいたんじゃないかな。でもって「どうつきあっていったらいいか」を知ってる人は・・・いやはや・・・いなかったんじゃね?私を含めて。

 まあ大昔の話だけどね。

 で、大昔でも「精肢併設養護学校(昔、精神薄弱養護学校と言われたなごり)」というのはあって、例えば現在はどうか知りませんが京都府立南山城養護学校なんてそうでした。

 で、最近作られた特別支援学校はだいたいが知・肢どちらにも対応となっている感じがします。(これはあくまで耳学問での印象)

 さて、では「自閉症スペクトラム」を持ち、他の障害もある児童・生徒はどこに行けばいいのでしょうか?知的障害特別支援学校?(って、上に書いてきた通りこの名前が無くなってしまい、単に特別支援学校になってきているんですが)

 まあ、大昔は知的障害特別支援学校にも自閉症の人と関わる、あるいは環境を設定する「専門性」は無かったんですけどね。(反論あるかたはどうぞ)あ、でも今はいくら何でもあると思いますよ。今は。

 しかし「自閉症スペクトラム」障害もあるから「うちの学校の専門じゃありませんから」と断るとしたら・・・

 いや、昔は「専門」であるはずの知的障害特別支援学校にもそのノウハウは無かったわけですが、わかってしまえばほんま簡単なことなんですよね。で、私なんか「いや、それって『専門』っちゅうほどのことかあ」と首をひねったりするわけです。ただし、「わかっている」人がその担当教師に伝えてあげる必要はあると思いますけど。(まあ教えてあげる、っちゅうことにもなるわけで、ここらへんが私が「上から目線」と言われがちなところなんやろな)

 でもね、たぶん「いやあ、こんなふうな考え方をして、で、こんなものをつかったらいいんですよ」ということを伝えてあげたら、ほんま児童生徒もめっちゃ楽チンになるし、何よりその先生が楽チンになると思うのですがね。決してスーパーマン(専門家?)になる必要無いんだし。

 で、文部科学省の人と話している時に笑いながら

「いやあ、これ言っちゃいけないことかもしれませんが、ほんまのとこ知的障害特別支援学校の先生にも自閉症の人にどう関わって環境を整えたらいいかって『専門性』無かったしぃ」

と言ったらあちらも笑いながら

「それは言っちゃいけないことですね」

とおっしゃっていました。もちろんこの言葉の意味は「いや専門性があるんだよ」だと思います(断言)

 ということでいろいろ教えて頂けてたいへんよくわかりました。横道のこともちょっと調べたいなあ。

この記事へのコメント
 法律「用語」としては盲学校・聾学校・養護学校はなくなりました。特別支援学校に一本化です。ただし,校名は法律で規制されているわけではないですので,特に盲学校,聾学校は伝統もあるのでそのままのところが多いですね。筑波大学附属聾学校は筑波大学附属聴覚特別支援学校となっていますが。公用文では戦前の政治は使わないけど校名の正式名称が戦後略字でなくとも(「學校」とか)問題がないのと一緒です。「養護学校」が残っている理由では「まだ,養護学校で作ったはんこだ用紙だ封筒だが残っているのでなくなるまでこのまま」なんていう場合もあります。
 ただし,

>つまり特別支援学校は「どんな子でも必要なお子さんはお越しなさい」という「たてまえ」になりつつあるわけですね。

はどうなのでしょうねぇ。どこの自治体もたとえば知的障害養護学校は「知的障害者の教育を主とする特別支援学校」という言い方をしますし,特別支援学校教員免許状自体が,私のように養護学校の免許状の場合,特別支援学校の「知的障害,肢体不自由,病弱」限定に読み替えられますからね。まるで昔,自動車の普通免許を取った人が今は「中型車は中型車(8t)に限る」中型自動車免許に変わったように。
 盲または聾を主とする特別支援学校に知的障害とか自閉症の子は入れないと思います。
Posted by もずらいと at 2011年07月04日 20:11
もずらいとさん、どうもです。

いつも「今」の情報ありがとうございます。

|まだ,養護学校で作ったはんこだ用紙だ封筒だが残っているのでなくなるまでこのまま」なんていう場合もあります

爆笑

|養護学校の免許状の場合,特別支援学校の「知的障害,肢体不自由,病弱」限定に読み替えられ

確かに、盲・聾だとそれぞれ特別な知識・技術が必要そうな気はしますね。でもそんな人ばかりが来てるってわけじゃないことも知ってますが。

|自動車の普通免許を取った人が今は「中型車は中型車(8t)に限る」中型自動車免許に変わったように。

あれ?4t以下じゃなかったっけ?

|盲または聾を主とする特別支援学校に知的障害とか自閉症の子は入れないと思いま

えっ?私の現役の頃も「重度重複」のお子さんいたけどなあ?そういうお子さんのフィッティングの相談にものったことあるけど・・・

Posted by kingstone at 2011年07月04日 20:35
>|盲または聾を主とする特別支援学校に知的障害とか自閉症の子は入れないと思いま
>
>えっ?私の現役の頃も「重度重複」のお子さんいたけどなあ?そういうお子さんのフィッティングの相談にものったことあるけど・・・

 言葉が足りませんでした。視覚障害のない知的障害の子が盲学校へとか、聴覚障害のない自閉症児が聾学校へと言うことはないと言うことです。もっとも、実際には知的障害や自閉の度合いが高いと「(盲学校や聾学校とは)違う特別支援学校へ行かれたらどうですか」というのがありがちな話なんですけどね。
Posted by もずらいと at 2011年07月05日 08:19
こんにちは。元弱視学級所属です。いまから40年以上前の札幌市では、小中に弱視学級があって、全市の一校ずつに併設されてました。身体検査で弱視児を発見し、ひっかかると夏に精密検査、かなりの弱視となると、弱視学級に配属されます。わたしの場合は、主治医が弱視学級の判定医でした。弱視学級と言っても、常時そこで学習をするのではなく、困ったときに支援する、という形でした。わたしが弱視学級のお世話になったのは、実は高校に入ってからで、その当時、出来たばかりの拡大機能のある複写機で、テクストの拡大をして貰っていました。今は、拡大コピーは街角のコンビニで楽に出来るので、想像が出来ないかも知れませんが。
ところで、コンビニ等で拡大コピーが出来るようになると、弱視単独の障碍の場合、かなり学習上の障壁がなくなったようで、弱視学級には、弱視の子は来なくなるとともに、重複障碍の子が入ってくるようになりました。大体20年前のことです。視覚障碍だけでも大変なのですが、重複となるとその子その子によって状況が違い、先生方は指導に苦労されていたようです。
Posted by iori3 at 2011年07月10日 11:45
iori3さん、初めまして。

貴重な情報、ありがとうございます。やはり弱視学級も市の小中に1クラスずつあったわけですね。

|困ったときに支援する

こういう形っていいなあ、と思います。40年前に既にやられてたんや。

|その当時、出来たばかりの拡大機能のある複写機で、テクストの拡大をして貰っていました。今は、拡大コピーは街角のコンビニで楽に出来るので、想像が出来ないかも知れませんが。

いや、よくわかります。これはすごい機能です。1985年頃、初めて「単なるコピー機」が職場に入った時、私はもったいなくてあまり使えなかった記憶があります。それ以前に拡大機能のある複写機ってすごいです。

|コンビニ等で拡大コピーが出来るようになると、弱視単独の障碍の場合、かなり学習上の障壁がなくなったよう

なるほど。機器の進歩が障害をほとんど「無いも同じ」にしたってわけですね。近視の人のためのメガネみたいに。

|視覚障碍だけでも大変なのですが、重複となるとその子その子によって状況が違い、先生方は指導に苦労されていたようです。

そうですね。ある種の教師(たぶん私も)にとってはそれこそが醍醐味と感じたりしますが。




Posted by kingstone at 2011年07月10日 12:04
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Weblog: 春田 康吏 公式ブログ
Tracked: 2011-07-04 17:41