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 あくまでも、私個人の意見です。

2011年07月02日

私は奮闘していたのか?(1998年当時のウエストポーチから)

 昨日の「私のウエストバッグに1998年当時入っていた物」のエントリを読んでくださった方からこんなつぶやきを頂きました。

「当時の奮闘ぶり、試行錯誤ぶりが窺えました。本当に、どうにかしたい、の一念だったのですね。」

 ありがたいお言葉です。で、ちょっと考えてみました。私は奮闘していたのだろうか??

 1998年というと「過去の記事」とタイトルにあるエントリのシリーズです。8月下旬から1999年3月末(一部4月も)までですね。

 この頃、私はクラス・学年の子どもたち、そして新人Aさん、新人Bさんんと大笑いしながら日々を過ごしていました。子どもたちとコミュニケーションをとり、そりゃうまくいくこと、うまくいかないこと、いろいろありましたが。でもうまくいかなけりゃ「じゃあ次どうしようか」とみんなで相談し、支援グッズを作り、って日々でした。

 全然、奮闘していた、というイメージではありません。おおいに楽しんでいた、というイメージかな。

 う〜〜ん、対教師とか対学校となると・・・やっぱり奮闘だったかな。別に私の能力が高くてみなさんの能力が低かったわけではありません。しかし私の伝えようとすることはたいへん理解することがむつかしかったようです。

 こどもたちが判断できること。こどもたちが選択できること。こどもたちが自立課題学習ができること。子どもたちに表現手段を身につけてもらうことができること。こどもたちが自発的に動けること。

 そこらへんが理解がむつかしいようでした。

 で「そらkingstoneさんとこの子が軽いからできるんや。うちらの子は重度やからできません」

 いやまあねえ・・・うちのクラス(学年)だって8人8色。いやな言い方ですが「重い」お子さんから「軽い」お子さんまで揃っていました。

 たぶん私はその前の通常校から肢体不自由特別支援学校・知的障害特別支援学校そしてその後、首尾一貫して「君の考えていることや気持ちを教えてくれ!」って身をもむような気持ち((C)司馬遼太郎)が何をするにも背景にありました。で、そのためにパソコンやグッズを使ってきた。ウエストポーチの中にいれていた紙やはさみやセロテープなんかも支援グッズなんですよね。で、他の教師が形だけまねしても「君の考えていることや気持ちを教えてくれ!」が無かったら、その支援グッズはこどもたちを閉じ込める牢獄になりかねない。

 まあ、教師相手には奮闘した、ということになるのかもしれません。

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