こういうのは何に分類されるんだろう。自己啓発書?人生訓?
著者はスタンフォード大学医学部で神経科学の博士号を取った後、起業し、また経営コンサルタント業などをした後、スタンフォード大学アントレプレナー・センターなどで講座を担当。結局のところ大学生や大学院生の起業を励ます仕事をしてはるのかな。
本屋さんで最初のエピソードを読んで面白かったので借りました。そのエピソードは大学での課題。
クラスを14チームに分け、各チームには、元手として五ドルの入った封筒を渡します。課題にあてられる時間は水曜日の午後から日曜日の夕方まで。このあいだ、計画を練る時間はいくら使ってもかまいませんが、いったん封筒を開けたら、二時間以内にできるだけお金を増やさなくてはいけません。各チームには、実際にどんなことをしたのかを一枚のスライドにまとめ、日曜日の夕方提出してもらいます。そして、月曜日の午後、チーム毎に三分間で発表してもらいます。学生たちに起業家精神を発揮してもらおう−常識を疑い、チャンスを見つけ、限られた資源を活用し、創意工夫をしてもらおうというわけです。
学生はいろんなアイデアを出し、挑戦しますが、うまくいかないのがだいたい「何かを仕入れて売ろう」というもの。で、うまくいったのは「何が足りないか、どんなサービスがあったらいいか」を考えて、あまり資本にこだわらなかったもの。
しかしよく考えてみると、「継続的な事業」になりそうなアイデアは少ないかな。
で、この5ドルをクリップ5個とかゴムバンドとかに変えていろいろな授業をしてはります。
表紙とびら裏に
「ルールは破られるためにある」
「自分で自分に許可を与えよう」
「問題解決の方法はつねに存在する」
「早く、何度も失敗せよ」
「機が熟すことなどない」
「新しい目で世界を見つめてみよう」
という言葉が引用されていますが、まあこの言葉で言い尽くされるかもしれません。とにかく起業に挑戦する人を励まそうと。
ニーズを掘り起こすのに必要なのは、世の中のギャップを見つけ、それを埋めることです。
まあ、そやわなあ。キンバリークラーク(ティッシュや紙オムツの会社)がP&Gのパンパースに負けるのでとった戦略。
マイケルは、「ハギーズ」のパッケージに書かれたメッセージを分析し、愛用者にインタビューするなどして、紙オムツがどのように売られているのか詳しく分析した結果、同社の売り方は的が外れていると結論づけました。オムツを、汚らわしい邪魔物のように扱っていたのです。親はそんな風に見ていません。オムツは、わが子が快適に過ごすためのものです。オムツを扱うのも子育ての一環です。衣服の一部とも見ています。こうした発見をもとに、キンバリークラークは、「ハギーズ」のパッケージを一新し、ポジショニングを変えました。さらに、徹底的に観察した結果、マイケルは大きなチャンスに気づきました。親たちは、周りから「まだオムツが取れないの?」と間かれるのが、たまらく嫌だったのです。これは大発見でした。一生懸命トイレの訓練をしているのに、「まだオムツが取れないの?」と間かれるのは、親にしても、子どもにしても大きな苦痛です。これを逆手に取る方法があるはずです。オムツを「ダメなこと」の象徴ではなく、「できること」の象徴にするにはどうすればいいのか?マイケルが思いついたのは、オムツとパンツの中間の商品「プルアップス」の開発でした。オムツから「プルアップス」に切り替えることは、親にとっても子にとっても、大きな一歩になります。子どもは、ひとりで「プルアップス」を履くことができ、それで自尊心をもつこともできます。こうした事実に気づいたことで、キンバリークラークは年間の紙オムツの売上を10億ドル増やし、ライバルを大きく引き離すことができました。ニーーズの発掘に的を絞り、目の前にあった問題に気づき、それをチャンスに変えたことから新製品が生まれたのです。
おしゃれにすることと、自尊心を大事にすることね。
有名な心理学者のB・F・スキナーはかつてこう言いました。人間の行動はすべて、個人の欲求か、種の欲求か、社会全体のルールに適応したものになる、と。
スキナーって心理学者になるんや。
著者は「いかにルールを破るか」について述べ、官僚制を打ち破るために多くの企業で「スカンク・ワークス」プロジェクト(たぶん、それまでの組織割にのっとらない横断的活動)が立ち上げられている、と言う。
「エンデバー」(企業名?)のリンダ・ロッテンバーグがアドバイザーから聞かされた教訓。
戦闘機のパイロットの訓練生ふたりが、互いに教官から受けた指示を披露し合いました。ひとりが、「飛行の際のルールを1000個習った」というのに対して、もうひとりは、「わたしが教えられたのは三つだけだ」と答えました。1000個のパイロットは、自分の方が選択肢が多いのだと内心喜んだのですが、三個の方はこう言いました。「してはいけないことを三つ教えられたんだ。あとは自分次第だそうだ」。この逸話の要点は、すべきことをあれこれ挙げていくよりも、絶対にしてはいけないことを知っておく方がいい、ということです。そして、ルールと助言の大きな違いも教えてくれています。助言を吹き飛ばしてしまえば、ルールははるかに少なくなります。
あんまりたくさんありすぎると覚えきれないなあ。でも、実際にはパイロットはたくさんのことを教えられるとは思いますが。あとルールについても「多くの人を守るため」に必要、ということも書かれてます。
そのうち、人間は二つのタイプに分かれることがわかってきました。自分のやりたいことを誰かに許可されるのを待っている人たちと、自分自身で許可する人たちです。自分自身の内面を見つめて、やりたいことを見つける人がいる一方で、外からの力で押されるのをじっと待っている人もいます。わたしの経験から言えば、誰かがチャンスをくれるのを待つのではなく、自分でつかみに行った方が良い面がたくさんあります。
これも「いかにもアメリカらしい」感じですが、実は著者はサンノゼ技術博物館に勤めたいと思い、がんがん連絡しまくり面接までこぎつけた時に面接をしてくれた人から
ちょっと言っておきたいんだけど、あなたにこの組織は合わないと思うわ。押しが強すぎるもの。
と言われていますから、みんながみんな「チャンスをつかみに行け」「どんどん押せ」ってのがいい、と思っているわけでもなさそうなことがわかります。まあ、でも著者は泣き出しながらもピンチを切り抜け採用されるのですが。
で、著者は起業を励ましつつもそれがほとんど失敗することにも言及はしています。行数は少ないですけどね。まあそこからの立ち直りが大事だ、というわけです。
失敗を経験し、成功も経験するなかでこそしっかりと深く学ぶことができる。わたしはそう考えるようになりました。自分でやってみもしないで学ぶことはほとんど不可能です。いろいろ試してみれば、失敗も避けられませんが、そこから学ぶことがあるはずです。サッカーの規則集を読んだからといってサッカーができるわけではないし、楽譜が読めたからといってピアノが弾けるわけでもありません。レシピを眺めただけでは、料理は作れません。わたしにも覚えがあります。神経科学の大学院生だった頃のことです。神経心理学の原理が学べる講義をいくつか取りました。筆記試験には合格したものの、顕微鏡の下で実際に神経を切り、小さな電極をとりつけ、オシロスコープのスイッチを押してはじめて、学んだことを理解できたのです。おなじことですが、リーダーシップに関していえば、本を読むことならいくらでもできます。でも、本物のリーダーが直面した課題をやってみないかぎり、リーダーになる備えはできないのです。
まあ、こりゃあ特別支援教育でも一緒やわな。やってみなけりゃわからない。そしてむつかしいのは「何が失敗で、何が成功か」を伝えてくれる人がいること。それがないと「失敗」しているのに「成功」と思ってしまうことがありそう。
わたしは後になって、判断に迷ったときは、将来そのときのことをどう話したいのかを考えればいいのだと気づきました。将来、胸を張って話せるように、いま物語を紡ぐのです。
これはまあそうやなあ。混乱の真っ最中はどうしていいかわからないこともよくある。将来、子どもにどう話せるか、ってのは大事かな。
チームで仕事をする時は「自分以外の人も成功させるように」もっていくのが成功の秘訣。これは著者が大学の時、友達に微分・積分を教えてくれと頼んだら「あなたに教えるとあなたの成績が上がって私が不利になる」と言われたことなどからいろいろ考えて。まあ「試験」で人数限定の場合とかだとそういう考えになるかな。でもほんまそれじゃ全体の生産力はえらく落ちるけど。
「矢の周りに的を描いた」という言葉があるそう。なるほど、絶対にはずれなし。これは得意なことをやってもらうのが一番という意味らしい。でもって適切に補完しあうスキルを備えたチームを作る、と。
また著者はリスクを取ること、出る杭になることを勧めるみたいなところがありますが、それが一般的でもないことは述べられています。
中南米では、自分よりも上に行かないように他人の足を引っ張る人間を評して、「上着を引っ張る人」という言い方があります。「背の高いホビーは切られる」という言い方をする地域もあります。周りよりも背の高いホビーは、背丈がおなじになるように切り揃えてしまうのです。集団のなかにいるのが当たり前で、前に出てリスクを取ろうとする人は引き戻されます。もっと悪いことに、人と違った行動をとる人を犯罪者扱いする地域もあります。たとえば、ブラジルで起業家にあたる言葉「エンプレサリオ」の元の意味は「泥棒」です。歴史的に、起業家として成功し、お手本になる人がほとんどいないため、型破りの成功を収めると法を犯したのではないかと怪しまれます。発展途上国で起業家精神を高めることを目指したエンデバーでは、こうした考え方が大きな壁となりました。中南米で事業を立ち上げるにあたり、現地の人たちに起業家精神を育成したいと説明すると、激しい反発が起きました。
確か東急とか西武の創業者も「強盗」とか言われてなかったかな。
ところでガイ・カワサキについて言及されている箇所があります。1箇所かな、2箇所かな。どこかで聞いた名前だと思ってWikipediaを見てみたら
スタンフォード時代の同級生で、アップルコンピュータで働いていたマイク・ボイチに誘われて、1983年にアップルコンピュータに入社する。
1984年の1月に登場したアップルのマッキントッシュであったが、対応するサード・パーティのソフトはほとんど無かった。そこで、アップルは外部のソフト会社にマック用のソフト開発を説得する職種であるエバンジェリストを作り、そこにマイク・ボイチや、ガイらを任命した。またガイは、アップルの優れた技術者を認定するアップル・フェローという制度を作った。
はは、エバンジェリスト(伝道者)で、フェローやった人か。
なお、解説に三ツ松新氏が書いているには
諏訪東京理科大学の篠原菊紀教授によれば、遺伝子的に、ドーパミン第四受容体の遺伝子内塩基の繰り返し数が多いほど「新奇探索傾向」が強く、セロトニンが少ないと「損害回避傾向」が強まるそうです。ちなみにある調査では、新奇探索傾向の強い日本人が7%であるのに対してアメリカ人は40%、損害回避傾向の強いアメリカ人が40%であるのに対して日本人はなんと98%だったそうです。
ってことで、アメリカで有効なことが日本でも有効かどうかはちょいとわかんないところもあるし、「彼らと同じ土俵で、同じルールで、真っ向から戦ってはいけないということは経験則からも感じます。(同じ土俵で、同じルールで勝負することを推奨する人が多いのは重々承知していますが)。」
ってあたりは大事かなあ、とも思います。
ラベル:自己啓発 企業 アイデア ルール


ギターのGibsonもバイクのHerley-Davidsonも「アメリカの伝統」なのに、アメリカ的短期利益獲得病で一時は潰れかけました。Martinは賢く米国では珍しく「非上場企業」です。しかし、そのおかげで「うちは爺ちゃんの代からマーチンの職人」という「良き伝統」が維持されています。
こんな「起業家強制」みたいなバカな国に生まれることがなく私は幸せです。
私の尊敬する友人はよくこう言います。「人の血って36度くらいでしょ。生ぬるいの。人間って生ぬるいの」と。至言です。
どうも「生き馬の目を抜く」みたいなのはしんどいですね。
|人間って生ぬるいの
これは至言だと思います。