私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年05月10日

自閉症の人と関わるのはむつかしいのか簡単なのか

 昨夜からのTwitterでのやりとりのうち私が書いたものを中心にちょっとまとめたいと思います。

 相手の方の

「あー、(kingstone・本人の)行動変容を目指さないのがTEACCH、だけれど、支援者(kingstone・特別支援教育担当教師とか施設職員とか保護者とか)はものすごい行動変容しないと当事者への支援ができない、それがなんか不思議。」

というのから始まっているのですが。私がまず返したのが

「う〜〜んと、たぶん支えてくれる人が地域に1人いたらずいぶん違うとは思います。」

 でもTEACCHって広まってるはずなのに、そういう人にアクセスできないなあ、みたいな話になって・・・そうなんですよね。例えば私の場合TEACCHをまじめに(!?)勉強し始めて、2日間セミナーも受け、かなりいろいろやって2年たってもまだ自分で始めた月1の研究会で中山清司さんに、例えば本に載ってるのをマネしてやってみてうまくいかなかったところを「こんなんやったんですが」と尋ねたら「そこは違う」「そこはどうでもいいところ」「本に載ってる形をそのままマネしてもだめ」「本人に合わせるの」とかダメ出しされてました。やっぱりなかなかむつかしい・・・

 結局いろいろやって、ほんまお腹の底からわかる、みたいなのには結構時間がかかりました。(単に能力不足?)まあ、そのくらい時間もかけ実践した人が地域に1人は必要なのかもしれません。で、わかっちゃうとめちゃ簡単なんですが。

 どの程度簡単かと言うと、「初めてやって来た何も知らない社会人・大学生・高校生・中学生のボランティアさんに、自閉症のお子さんを預けて3時間楽しく無事に過ごせる」程度には簡単。もちろん「たった3時間」のことでしたけど。

 これもまあ「事前に必要なことを伝え(お子さんの特性・準備した物・何を喜ぶといいのか)、スケジュール・地図・遊ぶ部屋・遊ぶ物・見てわかる掲示・プール・公園・個人ファイル(後のサポートブックにあたる)などを用意し、見守り、後のミーティングでボランティアさんに『何ができたか。どこを喜ぶといいのか』を伝える私がいた」ということは大きいと思います。私1人で何人分のお子さんの用意をしていたかと言うと・・・

自閉症児託児活動「れもん」危機一髪

を読むとこの回については25人分ですね。まだ「チーム」を組めてない頃で、1人でやってました。信じられない、という思いとともに「それぐらい簡単(なことしかやってない)」と言うことも可能かと思います。

 ちなみにハルヤンネさんがやってはったTAS(丹波自閉症協会)はこの頃、すでにチームで対処し、高校生・大学生・社会人のボランティアさんをお願いして60名越えっていうのをやってはりました。しかも私の方は「開始前の事前ミーティング」「終了後のミーティング」をやってましたがTASはそれもなし。どれだけ準備ができているんだ、という話なわけです。

 私が自閉症児託児活動「れもん」を始める時、TEACCHを勉強している仲間からも私の準備している体制に対して「(自閉症児に関わるということはもっと難しいことだから)あなたは自閉症というものを舐めてる」と諌められました。で、私は「そうかなあ?そうかもしれないな。でもやっちゃえ」でやっちゃたのだけど、結果的には「うまく」いったと思います。もちろんトラブルが無かったわけじゃないですけどね。(このブログのエントリにもそこらへんは書いています。で、あの手この手で解決していった話も)

 で、私は学生さんや保護者は「自分でも視覚支援をする」「支援物を作る」というところに進む、というのもねらってました。保護者は作って下さる方も出てきました。やはりそのお子さん用、ってのができるのが一番いいですから。しかし学生さんは基本的に出入りが多いのでそこまで進まれる方はいらっしゃらなかったですね。

 また、こういうこともありました。特別支援学級に異動してから、やはりその地域・地域で小さな支援のグループができるのがいいだろう、大きな既存のグループ(この場合は「れもん」のこと。で、「れもん」は他の方が代表になって回してくれていた)に遠方から参加する、というのは違うだろうと、自分のクラスの子どもたちのためだけにボランティアグループを立ち上げました。そこにはまず自閉症児託児活動「れもん」でボランティアをしていた学生が一人参加してくれました。しかし一回目をやったところで私はうつに沈み込み「ごめんなさい。続けることができません」とみなさんに告げました。するとその学生さんが「じゃあ、僕がやります。kingstoneさんは来れる時だけ来てもらったらいいです」と学生の自主活動グループとして再始動してくれました。

 そのことを保護者に伝えるとものすごく喜んで下さいました。私には何もおっしゃらなかったけど、1回目をやったあと「やっぱりできません。やめます」と言った時、ものすごくショックだったとのことです。そして学生さんが「やる」と言ってくれたのがめちゃめちゃ嬉しかったのだとか。

 で、このグループ3年〜4年は続いたと思います。大学生がインターカレッジ(たくさんの大学の学生が参加する)グループの形で運営してくれてました。1年ごとに代表も変わっていました。私は体調のいい時に1ボランティアとして参加するだけ。

 まあ、学生さんも「できる」と思えたからこそやってくれたわけですね。

 しかし、こういうことはありました。私が参加する時は「全員分のスケジュール」を作って行ってあげていたけれど、たぶん私が参加しない時には無い。またサポートブックは参加条件でしたけど、開いてみるとコミュニケーションのところに「この子は言葉(音声言語)がわかります。ゆっくり話しかけて下さい」と書いてあるだけ。そんな子ばかりになっていきました。私が見るとそんなことはない子ばかりでしたが・・・しかしここに参加する保護者はそれまで専門家から「音声言語はわかりにくよ。視覚支援が必要だよ」というような話は聞いたことが無いだろうから仕方がない面がありました。
 
 まあだからこのボランティアグループも「優しい心」はあるけど「ちょっとした知識や技術」のないグループになって行って、みんな最後の方は苦労したかもしれない。私の方はどんどんネタキリになって行って最後は見届けていません)

 「むつかしい」「簡単」どっちだろう。

 特別支援学校で先生が「自閉症の子は難しい」と言った例。

目の前でお見せしてもなかなかわかって頂けない

 この方、私よりよほど長く特別支援学校に勤務されてたベテランなんですけどね。で、私が異動で出てからも長く特別支援学校におられました。「難しい」ねえ・・・(なお、ここに出てくるAさんは他のところで出てくるBさん。で、私は担任ではなく、若目のベテランさんが担任)そんなことで「難しい」って言われてもなあ・・・

 先日、「ある地域のガイドヘルパー制度」を調べた時、社会福祉協議会の窓口を尋ねました。で、自閉症のお子さんへのガイドヘルプの話になった時「なかなかたいへんですよね。難しいですよね」とおっしゃるので「いえ〜〜。簡単ですよお」と自閉症の3つ組みの話から始まって「見てわかるもの」「見てわかるもので表現すること」「スケジュール」の話を簡単にしました。1分超えたかな?2分はかけていない。そしたら「やっぱりむつかしいですねえ」だって・・・

 まあ別にその講義をしに行ったわけではないので、それ以上はにこにこしているだけで何も説明しませんでした。妻にその話をしたら「そら『簡単』言われてもわからんわあ」と笑われました。

 「むつかしい」?「簡単」?

 私は意地でも「簡単」と言い続けてやろうと思っていますが(笑)

 で、私が「れもん」のボランティアさんに語ったことでも「何を喜んだらいいのか」そして「ほら。こんなやりとりがあったでしょ。ここ喜ぶとこ」また「子どもが楽しめた。あなたが楽しめた。お母さんが講義を受ける時間を作り出せた。そこが大事」みたいな、部分。そこをお伝えするのが難しいのかな。やっぱり簡単なことのように思えるのですが。

この記事へのコメント
 人間は自分を基準に物事を考えがちですから、kingstoneさんにとっては、簡単なのでしょう。自分の感覚や概念にないものはどう懇切丁寧に説明しても「むつかしい」ですよ。「れもん」の活動がうまくいったのは、実際見ていないから憶測ですが、文章を読む限り「限定的でルーティーンなかかわり方」にしているからかと思います。何も知らない学生ならその方が見通したつでしょうし。
Posted by もずらいと at 2011年05月10日 19:38
もずらいとさん、どうもです。

|限定的でルーティーンなかかわり方」にしているから

限定的というのはまったくその通りと思います。こちらも「どう限定できるか」に腐心していましたから。(しかしどうお子さんのいくつかの要求に応えていくか、というのはやってました)

ルーティーンというのは当てはまらないかな。初めて来るお子さんも多かったですから。

たった3時間のことですけどね。しかし周囲のいろんなところがその3時間を作り出せていたのかな?というのは疑問です。
Posted by kingstone at 2011年05月10日 19:48
king stoneさん、あのね。

たぶん、「目の前でお見せしてもなかなかわかって頂けない」の若めのベテランさんのいうところの「難しい」は言葉どおりの”むずかしい”ではないと思います。

あえて言語化しちゃいましょう。

「こんなに短く簡潔に、丁寧に言ってるのに通じなくて、
 あんなポンチ画に書かれていることのコピーならするんだ。
 知能レベル低いな」

というのを「むずかしい」という言葉でラッピングしてるだけです。

ごめんね、ひどい言い方だと思うでしょう。
でも、私がろう者だということを思い出してください。

この音声言語社会において、たいていの人は発語が通じるかで人をはかるのです。そういう被差別構造を一身に受けて生きてきたのです。

精神病院で歯が全部ないみすぼらしいおばあちゃんがいました。
うっちゃんと言っていました。
うっちゃんはピアノが上手でした。
でも、歯がないから喋れない彼女は人間扱いされてませんでした。
看護者はいきなりポケットに手をつっこんで、ライターをみつけたら
保護室に入れて懲罰しました。

そういう時でも悠然としてあらがわない彼女に惹かれて私は友だちに
なりました。

私は口の動きがよめるので、少しだけどお話ができるのです。

「どうしてきたない服をきてるの」
「買い換えないの」

「洗ってもよごれがおちないんだよ」
「買い換えるお金がないの」

って。「雅子さまはきらい、紀子さまの方がすき」ぐらいの会話はできた。
彼女と何もないから氷をつくっていっしょに食べました。
清らかな心をもっている彼女が好きでした。
何度もキスしました。

私は絵図のほうがよくわかるという自閉症児の方が自分と近しい存在だと思えます。愛しいです。
Posted by みやび at 2011年05月11日 14:43
みやびさん、どうもです。

若目のベテランさんは「私の提示した写真」には何も気づいてなかったと思います。

本当に「見えなかった」のだと思います。

人間「自分にわかること」「自分の考えにあること」しか見えませんから。
Posted by kingstone at 2011年05月11日 15:00
「すわる」って言葉ひとつとっても変化が大きいですものね。

 すわる
 すわれば
 すわったら
 すわれ
 すわりなさい
 すわるとき

まだサインの方が変化が少ないかな。
って、こういう理詰めだったら理解してくれるのだろうか^^;
Posted by みやび at 2011年05月11日 15:20
そりゃ「うるさく思って」聞いてくれないと思う(笑)
Posted by kingstone at 2011年05月11日 15:34
じゃあねー、ついでだから言っちゃう。
マチートさんの文章がえらく難解なので、なんのために!?
と思ってました。

アジェンダなんて、今はみんなの党があるからgoogle検索があるからわかりますが、当時私が障害児教育フォーラムが読めなかった理由がなんとなくわかりかけました。

うえーん。
Posted by みやび at 2011年05月11日 15:56
あははは
Posted by kingstone at 2011年05月11日 16:12
そうだ。

最初の発想のところを思い出した。

あのさ、定型発達の人に声をかけるんじゃなくて、
高機能自閉症やアスペルガー症候群のお兄さんお姉さんでチーム
組んだらどうかなぁ。

以前、ダウン症児のお母さんで手話通訳さんとお話したことがあります。
彼女はお子さんのグループホームのまかないの手伝いに行くほか、
アスペルガー症候群等、軽度発達障害のパソコンサークルのお手伝いもしてる話でした。

別にパソコンサークルでもいいんだけど、
同じ視覚優位のサポートって自分の障害の振り返りにもなって
いいんじゃないかなぁ。

Posted by みやび at 2011年05月11日 19:59
ええ。

いろんなつながりからいろいろな可能性が生まれてくる、と思います。
Posted by kingstone at 2011年05月11日 20:09
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