リーダー論について 2011 その3
で、一段落されたようです。いつものことながら、私の妄想は全然あさっての方向に飛んでいきます。
hit1678さんは
「一般には、しつけも訓練も調教も問題行動改善も、一緒くたになっていることが多いかとは思いますが、これらはそれぞれ別のものと考えて良いですし、僕は別物だと考えています。」
と書かれていますが、へえ、そうなんやあ。私なんかだと、それら全部ひっくるめて、また他の生活もひっくるめて「暮らし」なんだろうなあ、なんて思いますが。
「コマンド」について ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―
のところでも思っていたのだけど、
「「コマンド」というのは、「犬にある行動をさせたいときに出す指示、命令、号令」のことをいいます。」
ってことで、「伝わる何か」であり犬に「わかる何か」なわけです。で、もちろんここは「コマンド」の話だからそこを中心に書いておられる。当たり前ですけど。で、読む人はそこを「なるほど」とか「こんな非人間的な(!?『心』が無いじゃないか、みたいな)」とか思いながら読むわけです。
でも実は「犬とのよい生活」はコマンドを出しているのはほんの一瞬。そして他の多くの部分で飼い主は犬から喜びをもらっている。
そこらへんこれは犬の話から離れますが、私が自閉症の人たちとクラスでTEACCH的取り組みをし、それを校内研修でビデオをお見せしながら発表した時、
過去の記事85(校内研修終了 理論(理念)?実践?)
私としては「この子たちはさぼりじゃない、なまけじゃない、反抗してるんじゃない。ただわかる方法で伝えてもらってないだけなんだ」ということを周囲の教師に知って欲しかった。だから
「具体物で理解して動くこと」
「色で理解して動くこと」
「形で理解して動くこと」
「文字(数字)で理解して動くこと」
「ワークシステム」
「NewSkillの学習の様子(先生の写真を持ってその先生のところに行き、
ワークシステムに従って学習し、最後はゴールドカードを持って教室へ帰る)」
「お菓子を使ったコミュニケーション授業の様子」
をやってる風景を録画して発表したわけです。しかしそれは「やらせる方法」と周囲の教師に映ったかもしれません。で新人Bさんの
「夏休みとか、kingstoneさんに言われてもよくわかんないことが多かったのが、いろいろやり始めてわかり始めたところも多いし、ほんと実践のところだけで良かったかも。で、ビデオもよくわかったけど、でも例えば課題学習とかやってる以外の部分の○年の生活全部をみなさんに見て頂きたいですよね。結局カードを使ってる部分って一部分だし、それ以外の楽しいところなんかも知って頂きたいですよね。それにこちらが意図していたところとは違って、カードや写真を子どもたちが使ってコミュニケーションしに来だしているところなんかもあるし」
という意見になるわけです。そこらへんの「いごこちのよい暮らし」と言うかそんなものを伝えるの、大事かなあ。あと「こちらから伝える場面」は撮影しやすいのだけど、「本人からこちらに伝える」部分はいつ起こるかわからないので撮影しずらいんですよね。
それからリーダーというものについて。
教師は時に「指示」「命令」するリーダーにならなきゃならないことがある、と書きましたが、これまたいつもいつもじゃない。しかし「クラスに責任を持つ者」としては常にリーダーではいつもあるのでしょう。少なくともまずいことが起こった時「それは子どもの責任」と言ってはいかんだろう、と。
で、犬に対しても同じなんでしょうね。「指示」「命令」するリーダーであることもあるかもしれないけど、それ以上に犬の暮らし全体に責任を持つ(例えば食事とかいごこちいい寝場所とか予防注射とか)者としのリーダーであることは間違いない、と。
いや、もちろんこれはhit1678さんの提示してはる議論から大きくはずれている話です。妄想がわいてきたから仕方が無い・・・