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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年05月05日

犬のしつけについての「リーダー論」についての話題から

 私の注目のドッグトレーナーにして応用行動分析家 hit1678さんが最近ブログをどんどん更新してはります。

「コマンド」について ―または「正しいしつけ方」というものについて考えてみてる―
リーダー論について 2011 その1
リーダー論について 2011 その2

 いやあ、私のいろいろな妄想が爆発するような内容です。
 まあいつものことながら、私は湧いてきた妄想を、犬からは離れて話があっちゃこっちゃ行きますが書いていきます。リーダー論についてですが、結局「コマンド」論にもなります。

「リーダー論について 2011 その1」

 ですが、「犬の先祖はオオカミである」ってのは「人間の先祖が猿である」というのと同じくらいおかしいでしょうね。「共通の先祖から別れた」くらいか。でもって、例えば進化心理学とかってのは、お話としては面白いし「ほほほう」とか思って読んだり聞いたりするけれど、「今ここ」のやりとりのあれこれにはあまり役に立たない。いえ、もちろん人間の場合とりあえず「納得」すりゃそれでいいみたいな面もあることは事実ですけど。例えば落語に出てくる「大家さん」とか「大店の主」とかが「店子」や「番頭」を諭す時の喩え話とか、「科学的」にはめちゃおかしいけど「なるほどな」と納得することはよくあります。まあ、でもなあ・・・というあたりで。

 で「トレーナーさんは群れにいない」というのは、言われてみればそらそうだ。

 4.方法論的疑問のところ

 例えば100行述べて、97行無茶苦茶な話で3行だけほんまの役に立つ話を書いている場合。
 いやあ、昔の自閉症の人に関するあれこれの本って、ほぼこんな感じだったかな。3行は本当のことを書いている。
 で、97行が無害だったらいいんだけど・・・そうじゃないから困りました。

 で、そんなのがたくさんあるから「ええとこどり」しよう、と言うのだけど、その3行だけをあっちからもこっちからも正しい部分だけ取ってくるというのはめちゃ大変。

 今のネット上の様々な情報だって同じですねえ。結局それを見抜ける力というのはリテラシーということになるのだと思いますが。でも素人にはむつかしい。プロだったら見抜けて欲しいですが。

 また「あの人は信頼できる。(これは人格的に、ということ)だからあの人のだす情報は信頼できる」というのは全然成り立たない話だ、というのにも通じます。3行の部分では信頼できる、しかし他の部分は「信頼できない」からスルーしておこう。それでもつきあえるよ、みたいなのが大事かなあ、と思います。(嫌だったらつきあう必要もない。つきあいたい人の場合ね)

 昔、夢分析(夢占いとか夢のお告げを読み解くとかいうのとは違います)を受けていた時、カウンセラーに「信頼できる人に夢を聞いてもらえるといいですね」と言われて「信頼できる人はいますが、夢についてわかっている友人はいません」と言ったら「それは信頼している、とは言いません」と言われて、やっと上のようなことに気づきました。

リーダー論について 2011 その2

 そういや「教師は子どものリーダーにならなければならない」と言われる方は一定数おられる。また「だから舐められたらあかん」とか・・・

 これ、「リーダーにならなければならない」というのは「ある場面」では本当だと思います。例えば通常学級で「地震が来た。津波が来そうだ」という場合だったら「廊下に並べ」「高台に行く」とすぐに短くわかりやすく指示を出し、リーダーとして行動しなければならないでしょう。

 運動会とかで全校生に指示を出す、なんて場合でも一緒でしょう。「短く」というのは「わかりやすく」でもあります。私には最近「立ちましょう」とか言う号令が気持ち悪い。「立て」とか「立つ」とかで十分な気がする。これは「コマンド」論でもありますね。

 しかし、それは「必要があって指示する場合」のこと。

 例えばこんな場合もあります。授業でも教師が「発問」する。これは「わかる音声言語」や「わかる視聴覚教材(黒板だって視聴覚教具です)」などを使う必要があります。これは「指示」や「命令」ではない。そして子どもは自分で考え、判断し、発表したいことを発表したり作品作りをしたりするわけです。(教え込むことを恐れてはいけませんが、子どもが自分でできることを邪魔しちゃいけない)そして例えばクラスにアスペルガー症候群や自閉症のお子さんがいるなら、彼らにわかる方法で伝えたり、わかることをやってもらう必要があるでしょう。

 こういう時って「リーダー論」で言うようなリーダーでは無いなあ。もちろん実はリーダーなんだけど。

 で「舐められたらダメ」というのでも、確かに「この先生は知的な刺激を与えてくれない(つまり「わかるように伝えてくれない」ということ)」と思われたらダメ、というのはよくわかります。しかし恐怖の対象として君臨し続けなければならない、という話とは全然違う。

 結局「わかる方法で」どれだけ伝えられるか、ってことなんですよね。

 さて、今までのところは前フリで、以下続くとのことですから注目して見ていかせて頂きたいと思います。
posted by kingstone at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 犬とのよい生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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