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2011年04月18日

神様は乗り越えられる試練しか与えない のか? JINー仁ー第2シーズン1話

 昨日4月17日から JINー仁ー第2シーズン が始まりました。

 TBSのサイトから写真をもって来れるなら来ようと思ったけど、持ってこれないようになってますね。スクリーンショットなら撮れるけど、さすがにそれはやめておこう。と思ったら、こんなのありました。壁紙用映像。ダウンロード無料。

jin.jpg

 佐久間象山が暗殺されるわ、蛤御門の変が起こるわ、もう疾風怒濤でした。
 で、たくさん泣きながら見ていました。
 蛤御門の変で怪我をした人を仁が薬も無い中で何とかしようとする姿は、たぶん今回の大震災でもあちこちで同じようなことをしたお医者様がいらしたのではないかと思います。

 で1シーズン目から何度も繰り返される言葉に

「神様は乗り越えられる試練しか与えない」

というのがあります。もうドラマは感動しまくり、涙流しまくりながら見ているのですが、この言葉だけにはちょっとちゃうんちゃう、みたいなことを思ってしまいます。裏に

「だから乗り越えよう」

というメッセージを感じるのですが、私、神様って人間にいろんな試練を課して来られると思うのね。

 で、もちろん、乗り越えられる試練だったり、乗り越えられる人だったりした場合は乗り越えるのもよし。でも、試練の前にじっと佇むしか無かったり、あるいは回りこんで別の道を見つけたりとかいうこともあるんじゃないかなあ、と。

 で、神様って結構きまぐれで、こちらの都合は考えてはらへんし・・・神様の都合は考えてはると思うけど。で、サイコロも振りはると思うしね。

 まあ喜市ちゃんの言う通り「死んじゃだめ」というのは音声言語で言うかどうかは別にして、他の人には伝えたいなあ、と思いますけど。(自分では死のうと思ったことはあるけどね)

「神はサイコロを振らない」の意味について

ラベル:JIN 仁 
posted by kingstone at 11:00| Comment(7) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 医者である仁が総髪でも剃髪でもなく(まぁ、これは時代が幕末なので月代をしない武士、たとえば幕府方でも近藤勇や勝海舟がいたのでギリギリ「アリ」としても)、武家の奥方である栄は眉毛も剃らずお歯黒も染めず(未亡人になってもするのが当時のたしなみ。もしくは出家)、武家の奥方を軽々しく「お栄さん」と仁は呼ぶ(名前を呼んで良いのは自分より身分がしたか自分の妻だけ)し「試練」「診察」「往診」「食事」「療法」など明治以降にできた言葉が会話にふんだんに使われているのを聞くと憂鬱な気分になります。
 救護所も、今の価格だと一本数万円感覚のろうそくが何本も使われていますし。土佐弁や薩摩弁に明治以降の言葉は乗りにくいと思ったのか坂本龍馬や西郷吉之助は大和言葉主体なのでなんだか浮いてしまっています。

 歴史物のドラマを作るなら、もう少しこだわりを見せて欲しいものです。
Posted by もずらいと at 2011年04月18日 19:48
もずらいとさん、どうもです。

時代考証をどこまで反映させるか、ってのは難しいですね。

お歯黒・眉剃りだと、現代人が見た時にめちゃくちゃ異様に思えてしまうだろうし。

医療の言葉は仁が教えたと考えれば辻褄が合いますが、ドタキャンを仁が教えるか、ってのは・・・(私は聞き取れなかったんですが)

Posted by kingstone at 2011年04月18日 20:09
>神様は乗り越えられる試練しか与えない

 神様はそのつもりでも、人間の方にそのキャパがないことはいくらでもあるでしょうな。

 時代考証で言えば、江戸時代というのは平均年齢40歳程度で、幼児期の死亡率はとてつもなく高く、十代後半だと結核でばたばた亡くなったような時代で、「死」は現代よりはるかに身近でした。「生きてるだけで儲けもの」の時代です。ですから「試練」なんて誰も思わなかったでしょう。そう言う概念がないのです。
Posted by もずらいと at 2011年04月19日 02:52
実際医療が進んでなくて死が身近なところにあった、ということはすごくあるでしょうね。

でもこの言葉を使ったかどうかは別にして、それなりに、あるいはそれゆえに「試練」はたくさんあったのじゃないかな。

神様と「試練」で言えばヨブ記みたいに。
Posted by kingstone at 2011年04月19日 14:20
 日本で「試練」、つまり自然災害なりは乗り越えられると考えられるようになっのは明治以降です。キリスト教における神のような意味での絶対神という概念はありませんでした。大多数は浄土宗・浄土真宗の「阿弥陀仏にすべてをまかせる」という他力本願の思想でした。この根底にあるのは「自然災害は神の怒りなり仏罰なりであって我々にどうにもならないもの」という諦観です。しかし、同時にそれだからこそ自然と共存しようという具体的な行いは西欧諸国をはるかにしのいでいました。その証拠に日本には焼き畑農業はありませんし、製鉄で燃料として木を切り倒しまくってはげ山になった地域などありません。
 つまり、近代思想のベースである西欧の思想とは根本が異なるのです。ですから「神様」を持ち出してもダメなんです。そう言うベースがないのですから。
Posted by もずらいと at 2011年04月19日 19:58
う〜〜ん、と、自然災害と「試練」についてはそうかもしれませんね。「どうにもならない」的な。

焼畑農業についてはWikipediaには「あった」とありますね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/焼畑農業

製鉄燃料を伐採してはげ山になった地域は、確か一説ですが、「ヤマタノオロチ神話」は島根だか鳥取だけの山を製鉄のためにはげ山にして洪水が起きてしまったことをもとにしている、というのを読んだことがありますが。

Posted by kingstone at 2011年04月19日 21:12
>焼畑農業についてはWikipediaには「あった」とありますね。

ちょっと言葉足らずでしたね。南米の密林を日本の国土で比較できるくらいなくしてしまうような意味でのものです。日本の場合、人糞などによる有機肥料で回していけたのと、「米(ただし水田)」という連作障害をしない希有な食料が主流になったことが大きいですね。

>製鉄燃料を伐採してはげ山になった地域

 八岐大蛇の時代の製鉄がそんなに大量生産されていたとはちょっと思えませんが。

 いずれにしても、kingstoneさんの挙げた例は「こんな例外もある」であって私の主張のメインを切り崩すことに成功していません。私は江戸時代に「試練」という概念はなかったと言っているわけです。バテレンの人にはあったかもしれませんが。後世の人間の視点で昔を評価するのは意味がありません。
Posted by もずらいと at 2011年04月20日 20:49
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