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 あくまでも、私個人の意見です。

2011年04月08日

毎日放送VOICE特集「特別支援学校が足りない」を見て

 4月7日(木)毎日放送夕方6時15分からの報道番組「VOICE」を見ました。

 特集は「特別支援学校に入学希望者が増えているのに特別支援学校が足りない」

というもの。例に出てきたのは大阪市立生野特別支援学校。

 ここは「知的障害児施設で虐待など441件 大阪市が改善指導」で、「職員による入所者への身体的虐待や厚生労働省令違反の疑いがある身体拘束など、計441件の不適切行為が確認され、」たすみれ愛育館が、その指導を受けた当時(たぶん今もでしょう)

「●児童部(就学前・学校在籍児のメンバー)学校(生野養護学校)と協力して自立への基礎的な力の獲得をめざすとともに、豊かなあそび、生活経験の拡大などへの取り組みを進める。」

という活動をしている、つまり情報交換があった(ある)学校であるわけですね。そのあたり「自閉症の人への基本的な対応」が情報共有できたいたのか、そもそもそんなもの無かったのか、というあたり気になります。

 例として出てきた◯◯君は、「自閉症と知的障害を持つ」と紹介されていました。まあカナータイプの生徒さん。しかし、周囲の環境はたぶん音声言語だけ、それでもかなりやりとりできる。でも、独特の「機能的でない」会話もしていましたが。それでも音声言語の環境しか無いんだろうな・・・・

 彼は小・中は通常校で過ごしていて、高等部になってから入学したそう。これは現状はそうなるだろうなあ。番組の中で、お母さんが言っていたこと。「一般高校に「自立支援コース」というのはあるけれど、1校3人という枠があるので入れない」

 これ、大昔に大阪で一般高校に特別支援学級みたいなものを作ろうという取り組みが少しずつ生まれていました。それがもう一般的な制度になったわけですね。すごいことです。で、1校3人という枠は、たぶん配当する教師が1人ということだと思うのですが、それを増やせばいいだけのことじゃないか、と思うのですが。人件費がかかる?特別支援学校に行くはずの教師を連れてきたら、少なくとも高くはならないはず。それで特別支援学校の教師の数も生徒の数も減らせるのだし。

 で、本当に特別支援教育担当教師の給与の「割増」を即刻やめれば「高く」はならない。専門性云々を言うのであれば、通常学級の教師だって別の専門性があるのですから。(正直なところ「割増」がついた理由は建前は「専門性」本音は「汚れ仕事やから割増つけるからやってな」だったと思います。その考えが間違っている)

  追記
   今日、大阪府に電話して聞いてみました。そしたら「割増(調整額)」は無くなってるんだって。ええこっちゃな。
   しかしいつからやろ。知らんかった。

 生野特別支援学校の児童・生徒在籍数はホームページで見ると
「小学部 57名 中学部 128名 高等部 231名 (平成22年5月1日現在)」
番組の中で紹介されていた職員数は180人。これは「教師数」とは限らないので、ざっくり教師対児童・生徒は1対3ですか。
1教室は8人で設計されているのに、10人入っているだとか、作業学習の印刷班は印刷室が無くなったので環境班(掃除など)に変わった、みたいな話が出てきました。
 全国の統計だと思いますが、特別支援学校に通う児童・生徒数は少子化であるにもかかわらずここ10年間で1.4倍に増えている。

 本当に、規模が大きすぎるとか、施設に余裕が無いとかは、児童・生徒・職員にとってもものすごくきついことです。

 宇治丸卓校長の話で「高機能自閉症やアスペルガー症候群などの読み書き計算ができる子が増えた」

 そこらへんは現状でも小学校・中学校は通常校に行ってもまったっく問題が無いと思うのですが高校だとどうなんだろう。現状はすでに定時制高校・通信制高校で在籍生の40%だかは発達障害のある生徒だ、っていう調査もありましたが。(すんません。ソースどこか忘れました)

 保護者は「専門的な教育を受けさせたい」というニーズで入学を希望する。しかし、その「専門的な教育」というのは特別支援学校にあるものなのか?またそこでしかできないものなのか?例えば環境班の子がやっていた道路のゴミ拾い、(それもいい取り組みだと思います)通常高校でもできるよなあ。で、そこで「専門性」は「どう伝えるのか」「どうモチベーションをあげるのか」あたりになると思いますが。

 途中で学者さんが解説していました。

「最近は早期教育がされるようになった。早期に治療を受けている」

 やっぱりこだわります。「治療」を受けるっていう言い方は「治る」みたいなイメージができてしまう。で、「治療」があるなら特別支援学校高等部進学希望者が激増するなんてことはあるはずないんじゃないか。また話の流れとしては「早期の治療がされるようになった」→「成長してからの治療が必要とされるようになった」みたいなこと?いまいちよくわからなかったのですが。

 「治療」があるんじゃなくて「環境調整」とどう考えて接し、どう表現してもらうかを考える支援があるだけ、という気がします。で、その支援は別に特別支援学校じゃなくったってできる。もちろん、知的障害特別支援学校でも本当に静かな環境や、肢体不自由特別支援学校だったら手厚い医療支援が必要で、通常校は行かない方がいい、というお子さんもおられるのは事実です。しかし増設することは無いだろうと思うのです。

この記事へのコメント
 当地でも特別支援学校の在籍者はうなぎ登りです。理由ははっきりしています。通常学校が障害児を受ける素地がないこと,特別支援教育になったおかげで「−手間のかかる子」は「特別支援教育の対象」ということで,出しやすくなったことです。
 つまり,特別支援教育関係者は普通学校の考え方を誰一人考慮していなかったのです。「勉強の邪魔」と思う子は特別支援学校に押しつけられるのですから,普通学校としては願ったりかなったりです。
Posted by もずらいと at 2011年04月08日 23:05
もずらいとさん、どうもです。

|「−手間のかかる子」は「特別支援教育の対象」ということで,出しやすくなったことです。

確か、もともとの始まりは、通常学級にいる「一手間かかる」お子さんを通常学級にいるままで支援できないか、ということだったと思うのですがね。
Posted by kingstone at 2011年04月08日 23:47
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