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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年03月27日

自閉症の人が多い成人施設で一人一人自分持ちのスケジュールを持つ(1997年段階)

 今日、おめめどうの「作ってワクワク」は午前10時から午後3時でした。
 お弁当の後、ハルヤンネさんがICレコーダを出してきて「これからおみやげのCD(音声)を作ります」と言ってsyunさんにインタビューを始めました。syunさんは知らなかったみたい。

1.視覚支援したきっかけ
2.何のためn視覚支援をしたのか
3.視覚支援のための心がまえ

というテーマ。いやあ、なかなか面白かったです。もし音声データが手に入れば一部でもpodcastにできたらいいかな、と思います。

 で、実は後で質問をして14年来の謎の一部が解けました。

 ハルヤンネさんにしてもsyunさんにしても「まずスケジュールしなはれ」とは言うのです。しかし

syunさんのこと

 これは1997年の夏の記録です。で、syunさんによると3人の支援者で20人の利用者さんを担当していたとか。私の記憶では2人で10人ちょいだったのですが。そしてその中には確実に過去(特別支援学校時代)強度行動障害の基準に当てはまる人が1人はおられ、あと2〜3人もそのレベルの方がおられたはず。しかし、私が見学した時、みなさん落ち着いていました。それどころか、syunさんがもう一人の支援者さんに「ほなkingstoneさん、案内して来るわ」と言って一人に任せてしまったのはエントリに書いてある通りです。

 で、その時、私が「スケジュールを使っている人を見たのは一人」だったのです。

 またその後自閉症児託児活動「れもん」でsyunさんはものすごく助けてくれましたが、syunさんがカードを使ったのを見たのは1回きりです。(「れもん」では後半、いろいろなカードを用意し、また「みんな同じ、一人一人に手持ちにしてもらうスケジュール」は作っていました。またお子さんによっては独自のスケジュールを自宅から持って来ていた子もいました)その一回はこちらの中の「他害もあるお子さん」の関連エントリをご覧下さい。

他害についての記事リンクのまとめ「たたく引っぱる」や「問題行動の考え方」も

 そんなこんなで、私は「syunさんは口では『まずスケジュール』と言うけれど、落ち着いて来たらそういうのを外していく人なのかな」と思っていました。

 で、今日の私からの質問

「1997年に行った時に一人一人のスケジュールは(一つしか)見なかったのだけど、どうされてたの?」

 それに対する答え。

「一人一人に手持ちにしてもらってた。それを見て理解したらカバンにしまう人、ポケットにしまう人、ウエストポーチにしまう人、様々」

 そうやったんや!!それで私に「見えなかった」んや!!

 別の参加者さんが質問されました。

参加者「毎日ですか?」
syun「毎日です。(たいしたこっちゃない、というニュアンスで)」

 当時はB5の紙、あるいはB5の紙を半分に切った(たぶん縦に)ものを使っていた。また一人一人にわかる形で書いていた。(絵があったり、カナがあったり、漢字があったりだと思います)

 うむむ、こんな大事なことはもっと早く教えてくれな・・・聞かなかった私も悪いけど・・・

 なお、その後、大阪、堺の「ぴーす」で小学生を相手に仕事をしてはる時は、スケジュールを使ってはりました。

 恥ずかしい話、私、知的障害特別支援学校時代はクラス全体のスケジュール提示、行事や校外学習の時にその時だけの個別スケジュールくらいしかしてませんでした。その後の特別支援学級時代は、ホワイトボードに個別のスケジュールは貼っていたけど、手持ちは無かった。う〜〜ん。



 また、私の「syunさんのこと」の中で

「で、面白いのは、行く所はだいたいは決まってるみたいなのですが「○○さん、今日はどこ行く?」なんて聞いてるの。でそれによって
行きたいところが変わったりする。」

と書いていますが、そのことについても言ってはりました。スケジュールに(項目は適当です)

1.集合
2.ランニング
3.
4.昼食
5.
6.コーヒータイム
7.帰りのバス

とかあって、(例えばだけど)作業のところだけ項目が無いわけです。で、その日に来てから本人さんに作業を選んで貰う。これは同じ部屋であるいくつかの作業だけではなく、外でやる作業の場合もある。なぜそれができるか。

 支援者3人で利用者さん20人を担当していると書きましたが、支援者さんには年休というものがあります。1人20日。ということは3人で60日。それをちゃんと取ろうとすればその60日間は20人を2人で担当しなければならないわけです。それように体制というかシステムを組んでいるから3人揃えば1人が1人にかかり切ることも可能になる。どうしても部屋の中での作業でなく、一人別の場所での作業がしたくなった時は、その浮いてる一人をあてる形にすればいい。

 また本人さんが選んだ作業ができない場合があります。例えばある部品の納品を待って作業しなければならないのに納品が無い場合などもある。その時は、「その作業を選んだ」ことは否定せず、一緒に倉庫まで行く。そして一緒に部品を探す。それで「あらま、部品が無いは」ということに本人さんが気づきはったら自然にあきらめはる。

 また、自分たちのグループでなく、他のグループの支援者さんがやってる作業を希望することもある。そんな時、その支援者さんに余裕があれば受け入れてくれるし、余裕が無い時、その支援者さんのところに本人さんが行ってその支援者さんに直接断られたら本人さんもあきらめてくれる。

 まあ「あきらめて」そして「他の作業を選んでくれる」のだと思いますが。

 で、確かにsyunさん、当日の朝に「今日は遊びに行きたくなった」と言って年休取ってはりました。


 いやあ、14年来の疑問が解けました。

 一部を紹介する動画を作りました。



 なお、この元のCDは最初非売品でしたが、こちらで販売できるようになりました


posted by kingstone at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | おめめどう・視覚支援 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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