私の関わりのある法人
ksbutton.png omemebuttan.png sowerbuttan.png
※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年03月02日

ボランティアさんが「懲りたのでもう来ません」と言った話2

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


 kingstoneさん、おはようございます。
 ◯◯です。

 ボラさんの「懲りました」は、冗談ではありません。(顔つきや様子から)本当にしんどかった、もうやりたくない、という雰囲気でした。初めてのことだったらそう思いますよね、正直な方です。

 彼はプール介助はせず、その時間は女の子としゃべってばかりでした。でも多動の息子は結構喜んで追いかけっこを楽しんでいました。

 この会を作った先輩お母さんに「この子、使い物にならへんわ」と言われたある学生さんが、今では立派に代表をされているんですから判りませんね。

ダダ父通信、託児について」はお渡ししています。

※上のホームページ、私のiMac+Safariという組み合わせでは何故か文字化けして読めません。文字コードの関係かと思われます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ◯◯さん、どうもです。
 kingstoneです。

> ボラさんの「懲りました」は、冗談では
> ありません。(顔つきや様子から)

 ははあ・・・なるほど。

> 本当にしんどかった、もうやりたくない、と
> いう雰囲気でした。初めてのことだったら
> そう思いますよね、正直な方です。

 頑張りすぎはったんかな。
 で、燃え尽きた・・・・また自分のしたことがどれだけ価値のあることかはっきりとはわからなかったりした部分もあるかな・・・・

 でも、保護者の方にボランティアさんからストレートに言われたら、つらいもんがありますよね。そういう時には私みたいな中間的な立場の者がいたらいいですのにね。

川を渡る」って本の中の「お願いすること」という項目の中に
(引用開始)
 あなたは、世界は同胞たちの援助に意欲を燃やしている人たちばかりと思っていませんでしたか?拒絶はもちろんしょっちゅう起こります。
「お願いする人」はこの拒絶にでくわすことを覚悟しておかねばなりません。このような拒絶はお願いする人の責任であって、障害者たちに体験させるべきものではありません。もし彼らが過去において拒絶されて傷ついたことがなければ、それでもなお「お願い」を続けるかもしれません。「お願いする人」になれば、この経験をある程度共有することになるでしょう。
(引用終了)

ってのがあります。ほんま、そんなとき、中間的な立場が大事かな。で、子どもたちのこと理解してもらいたい。

 自閉症児託児活動「れもん」では、事前ミーティングと事後ミーティングで、ボランティアさんのやることややったことがどういう点で価値があるか、また困ったことはどう考えてどう解決していけばいいのか、そこらへんを理解して頂けるように腐心しています。やっぱりそういう点で、ストレートにはわかりにくいお子さんもおられますから。

 実は「れもん」を作ったきっかけに、ある方が一緒に何時間か遊んでもらうボランティアさんを募集して「一度お会いします」と言って来て下さったボランティアさんが、お子さんの多動ぶりに、その後連絡を下さらなかった、という事件がありました。

 そのお子さん、お客さんが好きだから、ボランティアさんが来た時にとても喜んでいただけなんですけど・・・・

 今、「れもん」に続けて参加して下さっているボランティアさんたちは、子ども達の素敵な理解者になって下さっていると思います。

> この会を作った先輩お母さんに
> 「この子、使い物にならへんわ」と言われた
> ある学生さんが、今では立派に
> 代表をされているんですから
> 判りませんね。

 私、「この先生、使い物にならへんわ」と言われてた先生です。
 (爆笑・・・実話です)

 「健康な人の常識(や文化)」の中で「使い物にならへん」と言われてたりした人が、いきいきと活動する場を提供できるように考えていきたいなあ、と思っています。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック