私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2011年02月12日

卒業式での視覚支援 ある特別支援学校で、初めて

 大昔の話です。
 特別支援学級にいた頃。

※ある特別支援学校の先生が初めて学校全体として卒業式の視覚支援に取り組んだ時のものです。

 こんばんは。○○です。

 今日卒業式でした。
 昨年は視覚的なスケジュールを使ってたのはうちのクラスの子どもだけ。それと同じものをコピーして使いたい人に分けたりしてました。

 今年は、結果的には

・式次第・旅立ちのうた(子どもたちの掛け合いのことば。)
・校歌・国歌・卒業生(29にんの顔写真)
・校長のおはなし

を視覚支援した物をつくり、必要とする子どもの担当教員にに渡し、改良したりして
使ってくれるように頼みました。これが14人。うちの学校はスクリーンもないし、

「これらがないと、視覚支援なんて無理やろ?」というひとに
「できる。やらして」と言いきってしまい始まりましたが。

 ただ練習でやってみると、特に校長のお話は何枚にもわたるし、冊子にしても今ひとつでした。それで大きな大きな上に(模造紙1枚くらい)拡大し、計8枚をめくる形で子どもたちに見て貰いました。

 結果はたぶん、1番長かったはずの校長の話のときが1番静かなシーンになったと思います。こどもたちが見ていたから。

 嬉しかったのは、校長が来賓の人にも同じ冊子を渡したいから作って欲しいと言ってくれたこと。

「光とともに・・」も持っていけばよかった・・・。

 後、クラスの子が「はーと」「わらってる。」「あくしゅ」とか見た絵を分かる言葉で言ってくれてたこと。それから、自分の知ってる子の証書授与のとき「□□ちゃんおめでとう!」と叫んだだこと。

 後半はすこし辛そう(中間地点ゴールのご褒美のシール貼ってもらってた。)でしたが、このときはニコニコでした。

 それから、一緒に作るの手伝ってくれた先生。「楽しかった。」って言ってくれたこと。

 いろいろあったけどやっぱ、やってよかった。

 来年はどんな形になるか。少しずつ。
この記事へのコメント
 視覚支援を儀式で使っている学校の先生からよく聞く話。「映像だけ見て校長先生とか来賓の方を誰も見なくなるんだよね」。プレゼンなら話者よりも画面の方が重要で,話者もそのつもりでやっています。卒業式で校長や来賓がそういう腹づもりでやるなら話は別ですが,従来の講話型儀式に対しては,単にごまかしの手法なのだとそういう話を聞いて思いました。
 というと「自閉症もろう者とある意味同じで,視覚優位と言うことは聴覚情報劣位なんだからいいんちゃうの?」となるでしょうが,だったら「自閉症児に特化した特別支援学校」を作ってそちらでやってもらいたい。その他の障害にとっては,迷惑な部分があります。あと,画面に集中させるために「面白く」させる傾向があるのも困ったものです。
Posted by もずらいと at 2011年02月12日 09:21
|プレゼンなら話者よりも画面の方が重要で

ってことでええんちゃいます?姿を見せたいだけなら、前で何もしゃべらず突っ立ってりゃいい。しゃべる、ってことは何か伝えたいからでしょう?

|「自閉症児に特化した特別支援学校」を作ってそちらでやってもらいたい

私は「いろんな人が、できれば混じり合って(無理する必要は無い)普通に暮らしていけたら」と思っています。

|「面白く」させる傾向がある

ぶははは。ある、ある。でもそれってスピーチをする時にオヤジギャグを入れるのと一緒で「視覚支援」を作る人のセンスの問題になってくるかなあ・・・


Posted by kingstone at 2011年02月12日 09:49
校長や来賓は「プレゼン」にきているわけではないですね。私は「儀式に視覚支援が必要か」の点に関しては,kingstoneさんと根本的に発想が異なります。
Posted by もずらいと at 2011年02月12日 09:53
|「儀式に視覚支援が必要か」の点に関しては,kingstoneさんと根本的に発想が異なります。

なるほど。
Posted by kingstone at 2011年02月12日 09:59
 kingstoneさんは意識していなくても,深く考えているのですが,ごく一般の人が「卒業式で視覚支援」を行う場合,自閉症児とかしか考えないことが多いです。つまり,「日本の文化としての儀式」を「意図的に理想や理屈があって変革しよう」ということなく,単に場当たり的な対応として視覚支援を行うわけです。
 私は,そのようなことを「君たち障害児は普通の人と同じことができないんだからしなくていいんだよ」という侮蔑行為にとらえます。若造の頃,勤めていた学校が卒業式で「君が代」を歌わないと決めたら卒業生の祖母が「ここはバカ学校だから君が代も歌わせてもらえないのですか」と言ってきたという話に私は感銘を受けました。「日本文化」とすりあわせをしようとしない試みには慎重であるべきだというのが私の信念です。
 
Posted by もずらいと at 2011年02月12日 10:07
|すりあわせ

これにつきる、と思います。
Posted by kingstone at 2011年02月12日 10:56
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