私の関わりのある法人
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 あくまでも、私個人の意見です。

2011年02月02日

自閉症の人が嫌な感覚に慣れたりとか対処法とか

 Twitterで自閉症の人の感覚の異常(主として目に見えて問題になるのは過敏ですね。感じにくい、ということが問題になることもありますが。冬の湖に入って泳ごうとしたり)についてのやりとりがありました。ちょっとだけまとめておこうと思います。

 私など、よく身の回りにあったのは聴覚の過敏。何の音が嫌なのか、こちらにはよくわからないこともありましたが、沢山の人のざわめき、とか、施設内(学校だったりスーパーだったり)の放送がたまらなく嫌だったり。校内で流れる音楽が身もだえするほど嫌だったような人もいました。(ような、というのは本人に「何が嫌だったか」尋ねることは無かったので。まあ尋ねるより先に逃げ出してましたが)

 この聴覚の過敏については、年齢によっても強まったり弱まったりしたような気はします。でもよくはわかりません。

 私の初期の頃は、携帯CDプレイヤーにヘッドホンをつけて音楽を聞くことで対処する人がいたり、後年はイヤーマフをつける人も多くなりました。

イヤーマフ.png

 思春期・青年期になってヘッドホンやイヤーマフを手放せなくなった、と見えた人もいましたが、それは単に小さい頃にはそんなものが無かっただけかもしれません。つまり嫌なのは同じで避けようが無かっただけ。

 とは言っても、イヤーマフをすれば万々歳、という話では無いです。結局、生活の中でカレンダー・スケジュール・見て分かる活動がある、などがどれだけ整えられているか、ということにもなるし。

 それと「認知面」との関わりの話も少し出ていたのですが、こんなことはあります。

 例えば、スーパーの店内の騒音が嫌いな人でも、スケジュールがはっきりとわかっていて「何でここにいるのか」「そこでどんな活動をするのか(特にその活動が、自分の欲しい物を買う、など自分に得になる活動の場合)」「いつ終わるのか」「終わったら次にどこに何をしに行くのか」が理解できていれば、少しは我慢できる、とか。

 見通しがあるから我慢できるわけです。でも「嫌なものは嫌」に変わりはない。

 ただ「わかる生活」「居心地いい暮らし」があれば逆にイヤーマフをつける機会も少なくなる、というのはありますね。それをねらっちゃると失敗するとは思いますけど。

 それから聴覚について言えば、よくあった例は「運動会のピストルの音が恐い」「だから運動会に参加できない」というもの。

 これに対しては1例だけ「タンバリン」→「大太鼓」→「ピストル」と慣らして行って参加できた、という例を聞いたことがあります。

 しかし圧倒的に「ピストル使うのやめて笛(ホイッスル)にしました。それで自閉症のお子さんも楽に参加でき、教師も楽、保護者ももちろん楽」という例の方が多かったです。まあ、そっちの方がいろんな意味でコストが低いでしょうね。

 偏食(味覚の過敏)についてはこちらにまとめています。

食器 給食指導・偏食指導のことを並べてみた

 あと、触覚については服の首のところについているタグが駄目、という方がおられますね。これは丁寧に切り取るくらいの対処でしたねえ。

 水泳帽がかぶれるようになった話も、何でだかわかんない・・・まあ我々が「見てわかる」コミュニケーションをしよう、としていたのは事実ですが。

ボランティアグループ「れもん」第5回 & 懇親会

 結局、あまり「慣れる」という話にはならないなあ。

 まあ、食べる物のバリエーションが「別に特に何をしたわけでもなく」増えた例はたくさんあります。

posted by kingstone at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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