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 あくまでも、私個人の意見です。

2010年12月29日

JIN−仁− の公式ホームページより お江戸豆知識

 JIN−仁− の公式ホームページ

 お江戸豆知識というページがありました。時代考証をされた山田さんって方が書いています。面白い。

 第1話の「ごはん」を食べるシーンについて

「あのご飯の盛り方はちょっとマンガチックだったけれど(笑)、あながち間違ってもいないわね。江戸の人たちは、ひとりで1日5合ぐらいの白米を食べていたから、朝からあのぐらい(約1合強)は食べていたんじゃないかしら。その他のメニューを見てみると、御御御付(おみをつけ)に梅干し、なすとだいこんのお漬物。夕食時、これにめざし(干物の一種)なんかがつくと、「今日はごちそうだねぇ」って感覚だったと思うわ。めざしもそうだけれど、昔は梅干しも超高級品だったの。」

 5合ね。

 第3話のコレラ対策で水分補給のためのORSを作るシーンで。砂糖を長屋の人たちが使っているのが不思議でしたが。

「この時代の庶民たちが、塩や砂糖を簡単に手に入れることができたのか・・・。」

「一方で、砂糖は国内でも琉球や徳島あたりでしか生産されていなかったし、確かに高級品ではあったのよ。だけど、江戸の味といえば「甘辛」というぐらい、甘いものをこよなく愛していた江戸の人々。どこからその砂糖を手に入れていたのかというと・・・実は、幕府が海外から大量に輸入していたのね。鎖国中にも親交のあった国・オランダから輸入していたものの中でも、一番比重を占めていたのが砂糖だったという記録が残っているほどなんだから!」

 長屋にあったかどうかはわからないですが、相当量は輸入されてた、ということですね。

 遊女に身売りする値段について。

「貧しい家が生活のため幼い子供を売るというもので、相場は文化年間(1804〜1818)で3〜5両(約24万〜40万)。この子供は禿(かむろ)と呼ばれ、花魁の部屋子として身の回りの雑用などをしながら読み書きを習ったり、遊女になる教育を受けていくわ。もうひとつは、娘に成長してから売られてくるパターンで、すぐに客がとれるということから10両(約80万円)の値で売買されていたの。」

 幼い子で40万円。娘で80万円。う〜ん。現金収入が無い家にとっては目もくらむような金額やったんやろなあ。

 火を使うことに関する決まり事について。

「江戸の町には「大きい火を使ってよいのは原則夕刻の6時まで。ただし、風の強い日、将軍が江戸城から外出する日は火を使ってはならない」という決まりごとがあったのも、これまた事実。」

 そうかあ。まあ昔は夜が早いだろうから夕刻6時以降禁止でもやっていけたのか。

「毎日のように女郎たちがヒマな時間帯を狙って吉原へやってくるのが貸本屋さん。」

 この前の部分に「女郎は手紙を書くのが仕事のようなもの」というのもあったし、識字率というか読み書きの力は高かったんや。

posted by kingstone at 19:07| Comment(21) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
1 ■雨ニモ負ケズ
で「一日玄米四合ト」(ここは「シゴウ」と読みます)という部分があります。戦前までは一日五合くらい食べるのは普通でした。ただし、おかずは漬け物と味噌汁があれば上出来です。江戸では納豆というのは味噌汁の具でした。あと、夕食時におかずが豪華になるのは武家階級で、庶民は日没間もなく寝ていました(行灯の油代が高かったから。ろうそくは庶民が買える照明用具ではなかった)から、おかずは朝食が一番豪華でした。ですから「夕刻6時」(不定時法なので季節によっては午後7時近くにまでなる)は合理的です。日没になったら就寝して夜明け前に起きるのが標準的な生活でした。「お江戸日本橋七つ立ち」は夏だと午前3時くらいの出立です。品川に着く頃には夜明けになっているのですからそれでいいのです。<br /><br /> 火については何せ火事が頻発しましたから、外国の使節がくるときは銭湯の営業停止なんかしています。<br /><br /> 識字率というのも「ひらがなと簡単な漢字の識字率」はかなり高かったですが、今で言う識字率とは違います。庶民の大半はちょっと難しい漢字は読めませんでした。でも、当時の庶民向けの本はひらがなが基本で漢字にもルビが振ってあったので読めたのです。<br /><br /> 江戸時代「銭と金」は別物でした。文などは日常通貨ですが、両は小切手みたいなもので貨幣価値が違っていたのです。4000文で一両というのは現在の感覚で、実際にはそういう意識はありませんでした。両というのは「お金」なのです。「銭」とは違うのです。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月29日 21:43
2 ■Re:雨ニモ負ケズ
>もずらいとさん<br /><br />|納豆というのは味噌汁の具でした<br /><br />へえっ!<br /><br />|おかずは朝食が一番豪華でした<br /><br />なるほど。<br /><br />|「お江戸日本橋七つ立ち」は夏だと午前3時くらいの出立です<br /><br />真っ暗ですね。<br /><br />|「ひらがなと簡単な漢字の識字率」はかなり高かった<br /><br />それもすごくないですか?<br /><br />|文などは日常通貨ですが<br /><br />そういや、「お江戸豆知識」だったかどこかに、「文も庶民には金額が大きく」その下の単位(厘だったかなあ・・・記憶ははきりしない)を使ってた、とかいう記述がありました。<br /><br />でも落語に「うどん十六文」なんてえのが出てきたと思うのですが(「時うどん」だったかな)<br /><br /><br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月29日 22:42
3 ■識字および金銭感覚
 日本語はひらがなさえ覚えれば読むことができます。英語はwriteとlight、発音しない音を含むknifeなど覚えるのが大変なのです。一文字が一義を表す漢字は量が多すぎます。まぁ、江戸時代にはひらがなが一音に3〜5語ありましたから、今より大変なのは間違いありませんが。<br /><br /> 一般庶民にとって、通常使う金は文と朱、まれに分です。厘は普通は使いません。文が金額が大きいと本当に言っているのならその人はバカです。現代の貨幣感覚とは違うのです。いまだに両を現在の貨幣価値でいくらと評定することはできないのです。一文は今だと20円くらいでしょうが、それ以下の5円とか10円という概念はなかったのです。だから単価が低いものは「あめ玉3つで一文」とか文に合わせていたのです。「時うどん」は関西で関東では「時そば」です。今でもそうですが、関西ではうどんがメインで関東ではそばがメインだという理由です。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月29日 22:59
4 ■Re:識字および金銭感覚
>もずらいとさん<br /><br />|江戸時代にはひらがなが一音に3〜5語ありましたから<br /><br />へえ。<br /><br />|一文は今だと20円くらいでしょうが<br /><br />そうか。うどん一杯16文で320円とすると立ち食いうどんだと妥当な線ですね。座れる店だともう少し高くなるけど。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月29日 23:10
5 ■馬鹿
>もずらいとさん<br /><br />|その人はバカです<br /><br />私も今日はTwitterで「馬鹿」という言葉を使ったなあ・・・これはもずらいとさんからの影響だな。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月29日 23:15
6 ■ごはん
江戸時代の庶民の普通の生活では、朝一日分のご飯を炊きます(薪代を節約するため)。つまりあったかご飯は朝だけです。夕食はお冷やです。ですから茶漬けなどのぶっかけが普通です。豪華になるはずがないのです。行商も朝やってくるのが普通です。魚河岸が早朝で保冷技術のない時代に夕方売りくるわけがないのは理解できるかと思います。夕食がそこそこ豪華だったのは独身男性です。だいたい職人なので金は持っていましたし、佃煮とか煮物のような加工物を買ったのは彼らです。で、酒を飲みながら食べるわけです。<br /> 今のようなご飯は茶碗に軽く盛っておかずが数品で味噌汁という食生活は冷蔵技術や保温技術が発達した昭和30年代後半以降の話です。昭和40年代までは夕食のご飯は蒸し直さないと冷たかったはずです。<br /> 食生活一つとっても人間は現在を基準に過去も「そうだろう」と考えがちです。今のように肉や魚を食べなかった江戸時代の日本人にとって総合食に近い玄米を5合食べるのはカロリー補給の点で合理性があったのです。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月29日 23:19
7 ■変体仮名
花札で「あのよろし」みたいな字の書いてある札があります。あれは「あかよろし」で「か」は「可」を元にした変体仮名です。今の「か」は「加」が元になっています。おそば屋さんで時々「分からない字+む」みたいなのがありますが、あれは「楚者」という漢字の崩し字による変体仮名で「そば」と読みます。「者」は「は」なんて読みませんが漢文で「〜は」の用法で使うことがあるので強引に日本人は「は」と読んだのです。江戸時代中期まで濁音や半濁音に「゛」「゜」をつける習慣はありませんでしたので「そは」と書いて「そば」と読んだのです。昔から日本人は空気を読む必要があったのです(^^&#59;)。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月29日 23:27
8 ■バカ
この言葉は関西圏の「アホ」より軽い漢字で関東では使います。また漢字で「馬鹿」だと強い調子になりますが、カタカナで「バカ」だと「仕方ないなぁ〜」くらいの軽い感覚に、多くの関東人はとります。関東で「阿呆」と漢字表記にすると「おまえは知的学力的に劣っている」というニュアンスに取られますからけんかを覚悟する必要があります。カタカナの「アホ」でも関西人に言われると怒る人は多いかと思います。関西系のアクセントが関東人にはとても挑発的かつ侮蔑的に聞こえるからです。関東人同士が「あほ」と言ってもたいしたことはないでしょうが、関西人アクセントで「アホ」と言われたら殴り合いの喧嘩になる可能性を秘めています。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月29日 23:37
9 ■Re:ごはん
>もずらいとさん<br /><br />そういや昔は普通におひつにごはんを取っておいてましたね。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月29日 23:51
10 ■Re:変体仮名
>もずらいとさん<br /><br />|おそば屋さんで時々「分からない字+む」みたいなの<br /><br />へえ。それは気がつかなかった。気をつけて見てみよう。<br /><br />「ゐ」とか「ゑ」とかは変体仮名というのとは違うんですかね。あと「こ」と読む字があったと思うのですが。「志」みたいな字。<br /><br />半村良に「この字の佐平次」とかいう小説があって、それがガニ股の佐平次さんのことで、うまいこと言うなあ、と思いました。<br /><br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 00:01
11 ■Re:バカ
>もずらいとさん<br /><br />|カタカナの「アホ」でも関西人に言われると怒る人は多いかと思います<br /><br />私の生まれ育った地も「あほ」を頻発しますが、地方から嫁に来た母はものすごくショックを受けたそうです。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 00:04
12 ■「ゐ」と「ゑ」
 は「ワ行」のイ段とエ段の表示文字で、平安時代頃までは発音もア行とは区別されていました。「を」はワ行のオ段です。英スキーを「ウヰスキー」くのは先祖返りです。じゃあワ行のウ段は?となりますが、これは奈良時代には区別がつかなくなっていて、ひらがなができたのはそのあとですから文字として存在しないのです。変体仮名の字体については<br /><br />http://www10.plala.or.jp/koin/koinhentaigana.html<br /><br />というホームページが結構詳しいです。<br /> たぶん「こ」の変体仮名は「古」を元にした奴でしょう。今でも「志る古」と「し」「る」を変体仮名表記にする甘味屋はよく見かけます。<br /> 明治初期の女性で「み子」さんというのは「みこ」さんではなく十二支の「ね」で「みね」さんと読みます。つまり「子」は「ね」の変体仮名です。ただ文字がすでに簡単なのでほぼ漢字と同じようになるのでよく間違えます。む</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月30日 08:35
13 ■逆の例だと...
大学時代、大阪、京都、広島出身の同級生は我々関東人アクセントの「僕」「俺」がきざったらしく聞こえて気持ち悪くて仕方ないと言ってました。当時の話で現在は違うかもしれませんが「僕」はあまり使用しないとも言ってましたね。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月30日 08:39
14 ■Re:「ゐ」と「ゑ」
>もずらいとさん<br /><br />ええっと<br /><br />「変体仮名」ではなく「普通の仮名」っつうことですね。<br /><br />http://www10.plala.or.jp/koin/koinhentaigana.html<br /><br />うへえ。1つの仮名にもたくさんの変体仮名があるんだ。っていうより、たくさんの変体仮名が使われていたのを仮名として統一したのか。えらいなあ。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 13:33
15 ■Re:逆の例だと...
>もずらいとさん<br /><br />|「僕」はあまり使用しない<br /><br />そんなことはないと思いますが、アクセントが全然違いますね。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 13:34
16 ■変体仮名の統一
 明治維新になってカナが多すぎては効率的な学習ができないということで統一されました。この決定がなされるまでは、教科書でも普通に変体仮名が使われていました。今、夏目漱石の「坊ちゃん」の直筆原稿の本が売られていますが「た」が「多」を元にした変体仮名だったりしています。変体仮名がなくなったのは活字による印刷物が普及してからです。これは戦後に漢字の正字体が略字体になって定着したのと同じ過程をたどっています(學→学、藝→芸など)。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月30日 14:20
17 ■Re:変体仮名の統一
>もずらいとさん<br /><br />|夏目漱石の「坊ちゃん」の直筆原稿<br /><br />ってことは明治もだいぶ後なんだ。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 16:49
18 ■明治33年に
小学校の政令で現在のひらがなに統一されました。やけに遅くなったのは「これからは英語を国語にしよう」とか「ローマ字表記にしよう」という今では信大まじめに論議していたのです。またその根拠が「ローマ字は26字なのに日本語はひらがな50字に多数の漢字を覚える必要がある」などというものです。アルファベットは26字ですが数千の単語を覚えないと意思疎通はできません。<br /> いまだにそのようななごりがあるのがパソコンの「ローマ字入力」です。これは一回日本語をローマ字配列に変換するという余計な手間をかけているので余計な負荷を抱えます。最近の若者が携帯に走るのはこれを嫌ってかもしれません。あっちは50音配列ですから。私は「カナうち」です。母音以外は2連続入力が必要なローマ字入力と濁音・半濁音以外は一点か同時二点(Shift + つで「っ」とか)入力のカナ打ちでは入力速度がかなり違います。実際、ワープロ検定ではローマ字入力では二級以上はまず合格しないと言います。一番速いのは今はなき親指シフトです。思考の点でも違うと私は思います。<br /> 閑話休題。次に今でも残る「〜を」「〜へ」「〜は」を残すかなくすかでもめたのです。ですから事と次第によっては「私わ大学お受験するため東京え行きます」というのがスタンダードになっていた可能性もあるわけです。今のひらがな以外ひらがなを想起できない世代は大正末以降でしょう。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月30日 17:11
19 ■Re:明治33年に
>もずらいとさん<br /><br />|「これからは英語を国語にしよう」とか「ローマ字表記にしよう」という今では信大まじめに論議<br /><br />ならなくて良かった、とつくづく思います。こういうのはそれぞれメリット・デメリットがあるとは思いますが、今くらいで良かった。<br /><br />よその国のことになりますが、中国の簡体字・簡化字は文字普及のために仕方ない面もあったのかな、と思いますが韓国・北朝鮮で漢字を使わないことにしたのは良かったのかどうなのか・・・<br /><br />|一番速いのは今はなき親指シフトです。<br /><br />はい。思考の点でも。一時、私がネットで何も書けなくなったのは、親指シフトキーボードが壊れた・ソフトが当たって親指シフトのソフトが使えなくなった、というのも大きな理由です。<br /><br /><br /><br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 20:23
20 ■漢字簡略ないし廃止
 中国の簡体字もいずれは漢字を廃止しようという前提で行われたものです。この結果、漢字の体系が普通の人には分からなくなってしまいました。朝鮮半島のハングルのみで漢字廃止はもっと深刻な影響を与えました。日本語をすべてひらがなで表記するようなものですから、奥行きのある文章が作れなくなってしまいました。基本的に短文で簡単な表現中心になってしまいました。</p>
Posted by もずらいと at 2010年12月30日 20:33
21 ■Re:漢字簡略ないし廃止
>もずらいとさん<br /><br />もちろん、それはそれでまた新たな文化が生まれるのでしょうが、何か残念な気はしますね。まあよその国のことは余計なお世話なのかもしれませんが。<br /></p>
http://ameblo.jp/kingstone/
Posted by kingstone at 2010年12月30日 21:11
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