私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年10月26日

自閉症の子どもの方から伝えてくれた お父さんが具体的な指示ができた

 大昔の話です。

 特別支援学級にいた頃。


※あるお母さんから。お子さんは音声言語で表現することは無い自閉症のお子さん。環境を「スケジュールなどで見てわかる」ようにする、要求表現を「写真カードで伝える」など始めてまだ1年ちょっとというところでしょうか。

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 ○○です。

 今日は、ほんのささいなことですが、嬉しい事があったので報告しますね。

 土曜日は大体おやつを食べにフードコートのある大型店に行くのが決まりになっています。行かない時もあるのですが、行くとマクドナルドでおやつ、本屋で立ち読み(おいおい)、食料品売り場で夕飯の買い物というパターンが多いです。

 でも、今日は大売り出しで、道がとんでもなく混んでる!まあ、家から5分ぐらいのとこ(車で)なので、行けないことはないんですが、うだうだしておりました。

 すると、□□が、おもむろに大型店のチラシを指でトントンしはじめました。「ああ、『大型店に行きたいよ』って言いたいんだな。」とすぐわかりました。

 「大型店に行きたいんだね。」って言うと、今度はチェキ(インスタントカメラ)の写真をまとめてる名刺入れからうちの車の写真を見つけ出し、それもトントン。「車出してよ。」ってことらしいです。

 もちろん、すぐに用意して出かけました。□□のトントンは、家から出かけるきっかけも作ってくれました(^_^)。

 こうやって、自分で意思表示してくれるとすぐ言う事をきいてあげたくなります。調子に乗らんように(お互いに)気をつけねば(^_^;)。

 それとも、□□は「この母ちゃんにも視覚支援をせんと言うこと聞いてくれへん。」と思ったのかもしれません。それは正解(^_^;)。

 ほんまにささいなことですが、なんだか嬉しかったです。

 ちょっとやる気が出てきました(おそい!)。
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 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

 □□君の意思表示、私もすっごーーく嬉しいです。知的障害特別支援学校の担任の先生にも伝えてあげてね。
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 kingstone先生、こんばんは。
 ○○です。

>  □□君の意思表示、私もすっごーーく
> 嬉しいです。知的障害特別支援学校の担任の先生にも伝えてあげてね。

 有り難うございます。ちゃんと伝えます、が、めっちゃ忙しいらしくて、それにどう反応されるやら・・・。

 この話とは関係無いですが、今日ダンナが、□□をお風呂に入れてて、自分は先に上がりました。

 いつもならここで「もうちょっとしたら上がりや。」と、とってもとってもわかりづらい言葉をかけていました。

 それが今日は、給湯器の時計を指して「7分になったら上がりや。」と言ったそうです。父は本当に上がってくるかどうか半信半疑だったのですが、きっちり7分を表示したところで上がってきました。初めて「具体的」に示したのです(なんて低レベル・・・(^_^;))。

 思わず「あんたもわかってきたやん。」と言ったのですが、本人は「?」でした。でも、日頃私がなるべく具体的にいうようにしてるのを、なんとなくではあってもわかってきたのかなーと思います。

 後は「視覚的」「肯定的」ですが、道は長い・・・。ほんま、地道に姑息にいくしかなさそうです。

 ダンナより自分の教育が先>私・・・

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 ○○さん、どうもです。
 kingstoneです。

>  有り難うございます。ちゃんと伝えます、が、めっちゃ
>忙しいらしくて、それにどう反応されるやら・・・。

へっ?
 たぶん嬉しい話を聞くのはみんな嬉しいと思うよ。(ニコ)
(もちろん、「だから視覚的な環境を整えてよ」というのはうまく伝えられるかどうかはわかんないですけど。でも嬉しい成功体験からしか本人も周囲の人も学べませんから、 ぼちぼちとですね)

>  思わず「あんたもわかってきたやん。」と言ったのですが、
>本人は「?」でした。

 おっ、お父さんもすごい。

あはは、これは実はよくありますよね。

 本人が意識しないで指さしで具体物を指し示していたり、具体的な動作で指示を出していたりする。けれどもやってる本人が気がつかないから「音声言語で通じた」と思っている。

 どこが「具体的」だったか解説してあげることが必要かもしれません。
 
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追記
 エントリの中に

『□□は「この母ちゃんにも視覚支援をせんと言うこと聞いてくれへん。」と思ったのかも』

というところが出て来ますが、これってすごく大事なことだと思います。本人がコミュニケーションというものがこの世に存在するということに気づけ始めた。(自閉症の人では気づけないことも多い)そして「本人からの表現が周囲の人に伝わる手だて」がある、ということですから。

 ある特別支援学校では、この頃はクラス・学年によってはスケジュールをしているところもありましたが、まだほとんど無い頃です。表現手段としての絵カードや写真は全然使われていませんでした。

 お父さんの変化、お母さんが学ばれるようになって1年半後のことなわけです。
 まあ、こんなもん。
 変化はゆっくり、ゆっくり。

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