通常学級担任の頃。
新学年。
学年初めには身体検査だとか、いろんなことがあります。
「さあ廊下に並んで」と指示を出しました。
みんなさっと並びます。
あれれ並べない子がいる・・・もちろんまた指示をして(身体を押したりしただろうか?覚えていない・・・たぶんしなかったと思う)滞りなく身体検査をしましたが。
そう言えば、このお子さんは新入生で入って来た時から「授業中、何でこんなとこで?というところで泣き出す」ということが職員室の話題になることはありました。で「もし今の学校に特別支援学級があったら、そっちに行った方がいい子かもしれない」という話題になることもありました。しかし当時は特別支援学級はありませんでした。
この時の担任の先生は素晴らしい方。ベテランで、授業もすばらしい組み立てをしはります。いつもそれこそ「指導要領」「教育基本法」いや「憲法」からか?授業を組み立てていく先生でした。(こういう先生は珍しい)
またカウンセリングの勉強をされてはなかったと思うのですが、積極的傾聴(要するに人の話をよく聞く)をして、ものごとを解決していくことのできる先生。
当時職場に入って来たばかりのコピー機を、私などは「もったいない」と思ってあまり使えないのに「こういう物は子どものために使わなければならない」と言って、資料や教材にたくさん利用しはる。
また当時、小学校のどの学年でも通知票をつけるために「定期試験」をすることはごく普通でしたが、「あんなもので評価ができるはずがない」と言ってやってはりませんでした。
実のところ、私は教師というものを馬鹿にし始めていました。しかしこの先生に出会うことで、「すごい。ここに教育があるんだ」と開眼させて下さった先生です。
そんな先生だから、このお子さんもうまくクラスで過ごせるようになっていきました。
私がその先生のすぐ後にそのお子さんを担任したのだか、もっと後なのかは思い出せません。
でも、担任して「あれれ?」と思うことは多かったです。どんなことだったか??
でももちろん、クラスにお子さんの居場所があるように腐心しました。
このお子さんの音声言語についてはよく覚えていません。全然印象がありません。覚えてないくらい問題が無かった、と言うより、発声そのものが少なかったのだろうと思います。果たしてしゃべっていたのか?でも後ろのエピソードを考えると、クラスで挨拶とかはちゃんとしてたのかな?
印象に残っているエピソード。
すごく仲良くなってからですが、学校ではなく、校外で会ったので声を出して挨拶したらまったく無視して行ってしまった。
お店屋さんの勉強の時だったか、他のみんなに比べてすごく精密な地図を描いて周囲から尊敬された。
漢字の小テストでは100点をいつもとって周囲から尊敬された。私が小テストを採点する時は周囲に子どもたちが集まって来て見ているのですが、その子もそれは目をきらきらさせて嬉しそうに採点を見ていました。
すごく仲良くなってから、一緒に教室で遊んでいて、何を思ったのかその子を肩車してあげようと思いました。でやってあげたのですが、めちゃめちゃ緊張していたようです。股関節にすごく力を入れていました。悪かったかな?でも嫌がってはいなかったようですが。
なんで読もうと思ったのか、よくわかりませんが、一冊、講談社現代新書の「自閉症」という本を読みました。これが「自閉症」と名前のついた本を読んだ初めての体験でした。当時の本としてはいい本だったと思います。変なことは書いてなかったと思います。どう対応したらいいのかは書いていませんでしたが。しかしこのお子さんは自閉症なのだろうな、とは思えました。
一度だけ、家庭訪問の時に「ひょっとしてお子さんは自閉症では?一度どこかで相談してみては」ということを言ってみたことがあります。一笑にふされました。私も、「そっかあ、やっぱり違うかあ??」という感じ。まあ、今ふり変えればどこかに相談に行ったところで、役に立つことも無かったような気がします。
私が当時考えたこと。とにかく普通に暮らせるように。特別なことにならないように。ここんとこニュアンスがうまく伝わるかどうか心配ですが。もちろんその当時の私には手だてが何もなかった、ということもあります。でも特別な手だてがどうこうというのじゃなく、そのお子さんが周囲から特別視されないように、という感じかな。手だてがあれば使ったと思います。手だてがあっても特別視されない、っていうことだと思いますから。
印象に残っている残念だったこと。
よくクラスでソフトボールをしました。そのお子さんはそれなりに不器用だから上手では無かったです。でもある時、うまくバットにボールがあたり、エラーもからんだのか出塁できました。私は特別ルールで、一塁コーチ、三塁コーチ以外にも二塁コーチも置いていました。どうしたらいいのかよくわからない子もいたので。で、そのお子さん、次の打者のヒットで二塁から三塁を回って本塁へ。ゆうゆうセーフだったはずなのに、彼は本塁ベースを踏まなかったのです。さすがに私も本塁コーチは置いてなかった。で返球でタッチアウト。本塁コーチがいて、彼に「ここ踏め」と指さしつきで指示できたらものすごい成功体験になっていたろうに。
3学期だったと思います。
私が教室に入ったら、子どもたちがその子の机のまわりに集まっていました。その子は座っており、机の前で一人の子がその子をからかい、混乱に陥れて泣かせて笑っていました。周囲の子はどうにかしなけりゃと思っているけど、どうしていいかわからない感じ。
それが目に入った時、私はからかっている子に近づき、思い切りほっぺたを張り飛ばしました。
そのあと、子どもたちみんなをどうしたのかは覚えていません。
放課後すぐに教頭・校長に連絡し、からかっていた子の保護者に来てもらい、管理職立ち会いのもと謝罪しました。(この来てもらって、というのが古い教師かなあ・・・本来出向いて当たり前かも)そして同時に「友達をからかわない」ようお願いしたと思います。あと「叩かないこと」を・・・自分が叩いといて何言うねん!ですが・・・
実はそのからかった子は日常的に叩かれていたお子さんでした。
学年頭初は学校でも、ものすごく「問題行動」出しまくりでしたけど、「居場所を作る」「認められる場を作る」などでほとんど学校では問題なしになっていた時でした。しかし何かが足りなかったのだろうと思います。で・・・やっぱり私も叩いてしまったのですね。
まあそんなことがありました。