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2010年08月10日

前歯にペンチ・給食に唐辛子 養護学校で「不適切」指導2

前歯にペンチ・給食に唐辛子 養護学校で「不適切」指導

の続報です。滋賀県立野洲養護学校に子どもを通わせておられる保護者が、学校での虐待説明会に出席された時のもの。

野洲養護虐待説明会
野洲養護虐待説明会〜2〜

 まあ、報道であった通りというか、報道から私が読み取った通りだったかな、という気がします。

 学校側からの話として

「高等部男子生徒にたいして、ペンチを乳首に当てる、性器を足手(「で」でしょうねkingstone)触る、ペンチで歯を抜く真似?をする、給食に唐辛子をいれた」

「校長もこれらの行為に対してはぜったいに許されないというてました。」

「周りで見ていた教師や生徒が注意しなかったそれについても問題である」

「いやなことをいやと言えるようにするそれも大事である」

 まず教師がやった行為を「虐待」と呼ぶかどうかは別にして、「やってはいけない」行為であり、「人権をないがしろ」にする行為だと思います。唐辛子は「虐待」と言っていいかな。直接の痛み(辛み)を味あわせているわけだから。

 また周囲の教師が注意できなかったというのは、教師は他の教師の行為に「やめろ」「間違ってる」とはすごくいいにくい職場ではあります。また、周囲の教師は何も思ってなかった可能性も高いですね。「なごませてるだけや。ええこっちゃなあ」まじにそう考えていたかもしれません。

 生徒に注意することを期待するのはむつかしいのではないでしょうか。養護学校です。知的障害に分類される生徒だけでなく、肢体不自由に分類される生徒の場合でも行かれてみればわかりますが何らかの知的障害がある場合がほとんどです。(大昔に肢体不自由特別支援学校に勤務していた時、校長がかかってきた電話を取りました。車椅子にのっているけれどまったく知的障害の無いお子さんが入学したいのだが、という保護者からの相談でした。校長は言下に「うちの学校には合いません」とお断りしました。そんなもんです)

 これが通常校なら、むつかしいながらも抗議に行く生徒もいるかもしれませんが。私は中学時代、英語の授業中「できない生徒」をなごまそうとして、履いていた靴をぬぎ、それでその生徒の頭を軽く叩いた教師に抗議しに行こうとして家族に止められました。まあ止められちゃったんですけどね・・・他の時には生徒を理不尽に怒る教師に抗議したこともあります。

 でも通常校ならそういう可能性もあるけど、養護学校ではむつかしいでしょう。

 「いやなことがいやと言える」についてもそう。もちろん「いやなことがいやと言える」教育をして頂きたい。しかしそうなっているか?あるいはこれからそうしていく気持ちはおありか?

 実はこれは「表現コミュニケーション」を育てていくという話でもあるし、また「いや」と言えば「いや」が考慮され「止めてくれる」環境を作る、ということでもあります。何でも思い通りにさせろ、という気はさらさらありません。場合によっては交渉して、やっぱりやらせる、という場合もあるかもしれません。しかし今は、「表現」を大切にすることもなく、学校側が決めた路線を走らせることだけをやっていないか?


「で、処分受けた四名の先生は、2人は高等部、1人は中学部、1人は自立活動の先生」
「つまり担任じゃないんですね」

ふむ。生徒は高等部。
「自立活動」というのは「障害に関する専門的なことをする」くらいに考えたらいいです。場合によるとその学校で「愛情豊かで」「情熱的で」「専門的知識のある」とされる先生がなることがあります。単なる運用の数合わせの場合もありますが。私が大昔にいた肢体不自由特別支援学校では「自立活動部」というのは基本的に「動作法」をする人たちでした。

「で、行き過ぎた指導 と学校側はいうてるわけですが
どうやら、これらの行為だけを聞くとむちゃくちゃな虐待にとらえられるけど
肢体不自由の生徒さんて、先生を信頼できないと身を任せられない…
だから、なごますためにした。。。との話です」

 ・・・あほかいな。

「肢体不自由の生徒さんて、先生を信頼できないと身を任せられない・・・」

 この「身を任せられない」という言葉があるってことは「体を密着させて操作する」というような授業が連想されます。「機能訓練」「動作の学習」「動作法」あたりのことですね。この「身を任せられない」理由もいろいろ考えられます。「対人緊張」「不随意運動」「感覚の異常」etc.もちろん「信頼がない」状態ではいずれの場合も触れあっての活動はできないでしょう。しかし「ペンチを乳首に当てる、性器を足で触る、ペンチで歯を抜く真似?をする、給食に唐辛子をいれた」で信頼を得ようというのは・・・教師(養護学校教師?)はそう考えるのか?

「保護者からの質問がありました。
なんで、虐待みたいな行為を、『行き過ぎた指導』というのか。と。」

「しかし、行き過ぎた指導…というのは、生徒さんとのコミュニケーションをはかるために…とのこと。」

 コ、コミュニケーション・・・コミュニケーションとは「何かを伝え」「何かを返してくる」やりとりのことですが、「ペンチを乳首に当てる、性器を足で触る、ペンチで歯を抜く真似?をする、給食に唐辛子をいれた」で何を伝えようとしていたのだろう・・・

 で、前のエントリにも書きましたが、こういうのは今に始まったことではなく大昔からであると思えます。

暖かい心?冷たい心?

「しかし、対象の生徒さんと同じ高等部の肢体不自由なお子さまをもつお母さんは、
『書き方、報道に問題ある、たしかにした内容だけみたら、虐待やけど、そうじゃない、いろんないきさつがある!現に対象生徒さんは学校にきてはるし、ほんまに虐待ならば怖くてこないはず。子供らは逆に先生らがおられなくなって困ってる』ていわはるんですよ」

「ほんまに虐待ならば怖くてこないはず」については残念ながらというか養護学校には「自分がいじめられていることがわからない」お子さんは多くいると思われます。だからいじめていい、という話にはもちろんなりませんね。

「子供らは逆に先生らがおられなくなって困ってる」

 愛情豊かで熱心な先生方なのでしょう。また保護者は教師に感謝しているかもしれません。

保護者から学校や施設への感謝

 また下のエントリでも「虐待した施設職員」に「保護者」は感謝し、虐待をばらした(?)大阪府に抗議しようという流れになっています。

大阪の知的障害児施設(月の輪学院)虐待事件続報

「さらには、対象生徒さん本人が虐待を虐待ととらえていたかどうか、確認したか?て質問があり、本人には確認とれてないみたいなんです。」

 これは先ほども書きました。養護学校では知的障害にしろ肢体不自由にしろ、自分がいじめられているのかどうかわからない生徒はたくさんいます。当然「わからないからやっていい」という話にはなりません。

 養護学校(他の学校もかな)って人権意識が低いところ、多いのかなあ・・・







posted by kingstone at 06:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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