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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年08月06日

本当のTEACCH 内山登紀夫著 (W専門編 TEACCHをもっと理解するために)

本当のTEACCH 内山登紀夫著 (V実践編(2)地域との連携)

 たくさん引用しますが、当たり前のことながら、ごく一部ですので、興味を持たれた方は「本当のTEACCH」をご購入下さい。


 専門編はショプラー先生、メジボフさんへのインタビューから始まります。
 ショプラー先生の絶筆であったかもしれない文です。

1.ショプラー先生へのインタビュー

●認知理論と行動理論、ピアジェとチョムスキー

「基本的に、専門家たちは、コンピュータ科学や人工知能の分野の発展の影響を受けて、視点を行動理論から認知理論にシフトしてきた。この分野の技術が自閉症の治療教育に急速に応用されるにしたがって、多くの若い行動主義者たちは、制御された実験室ではなく、学校のような自然な学習環境でのモチベーションを高めることなどに、認知概念を取り入れるように努力している。
 TEACCHはABAの一部だという意見を聞くことがある。しかし、TEACCHのアプローチは人間を行動のみではなく、全体像としてとらえるという姿勢をもっている。よりヒューマニスティックなアプローチとみなす人もいる。
 TEACCHとABAの重要な違いの一つは、TEACCHの主な目的が単に自閉症の子どもの行動を変えようとするのではなく、自閉症の特性(長所も弱点も含めて)から子どもを理解して、望ましい行動をとれるように働きかけることである。」

 ヒューマニスティックなアプローチ云々は、ABAの人が怒っちゃうかもしれませんが・・・応用行動分析の技術というか知見はヒューマニスティックもクソも関係無いけれど、よき応用行動分析家はそこらへん考えておられるでしょうから。TEACCHがヒューマニスティックなアプローチである、というのはそうですね。逆に言うとそれを忘れたら、いかに「見てわかる」をしようともTEACCHじゃない。

構造化のパワーに気をつけろ

「TEACCHが重視するのは強化子のみではなく、認知理論からもたらされた、人間がどのように環境を理解し学習するかという点に焦点をあてた知見に基づいた指導方法である。」

●ベッテルハイムとの関係

「私は大学院でベッテルハイムの授業をとり、彼の自閉症に対するアプローチを熟知するようになった。ベッテルハイムは親の悪い育て方が自閉症の子どもをつくるという、誇張された、誤った考えを私たちに教えた。
 私はその後まもなく、シカゴの自閉症センターで働きはじめ、実際に多数の自閉症の子どもとその家族に出会うようになって、自閉症児の親が他の親と少しも違わないことに気づいた。同時に、自閉症の子どもの知覚と認知が他の子どもとは違うことを以前にも増して確信するようになった。
 時間がたつにつれ、私はこれらのことを何度も何度も考え、間違っているのは私なのか、それとも先生なのか悩んだ。最終的に、間違っているのは私ではなく、先生であるという結論に至った。いったんそのような結論を出すと、先生が提唱している親に対する誇張した批判は私にとってさらに見えやすくなり、そして却下しやすいものとなった。」

●特別支援教育と統合教育
 統合教育についてどう思うか。またイギリスにあるような自閉症に特化した学校をノースカロライナ州で作ろうとしたことがあったのかどうか質問した。

「アメリカでは特別な教育ニーズがある子どもが、できる限り通常学級で教育を受けるべきだという『トータルインクルージョン(完全統合教育)』が促進されている。通常学級で他の子どもといっしょに教育を受けることは大切であるが、一方それは個性の違いを認めるべきではないということでは決してない。
 自閉症に関してはとくに個別化が重要である。私たちは他の子どもたちが使っているカリキュラムを自閉症の子どもに適合するよう修正することを提唱している。学校では『やらなければいけないこと』と『やりたいこと』のバランスをうまくとる必要がある。一方、やらなければならなくても、やりたくない場合とか、またやろうとしても上手にできない場合もある。そんなときは、私たちは特別なルールを作ってあげて、その子どもが可能な範囲で参加できるような工夫をする。
 ノースカロライナに自閉症専門学校を作ろうと思ったことは一度もない。むしろ、そういった学校を作らないように努力してきた。そのような学校を作ってしまったら、子どもが家族からも社会からも隔離されてしまい、彼らはそこでしか生きられない人たちであると見なされてしまうかもしれない。」

●構造化のアイデアの源
 構造化の手法をどのような過程で考案してきたのか。フィニッシュボックス(終わった課題を入れる箱のこと。構造化の一つの手法)はいつだれが「発明」したのか聞いてみた。

「『フィニッシュボックス』の起源は80年代にさかのぼる。自閉症児にかかわる教師、家族を対象に『ウィンター・イン・サービス』というセミナーを開催していたが(現在も継続して毎年開催されている)、ある教師がそのセッションの中で思いついたものだ。理論的に導かれたというより、現場からの発想だった。
 ウィンター・イン・サービスでは、TEACCHとは違ったアイディアをもつ人々を招待し話をしてもらってきた。音楽療法の専門家を招き、よいヒントを得たこともある。
 大切なのは、最終の目的と、年月に耐えた原則や発見をふまえた上で、新しいアイディアを受け入れ、いつも新しいことにオープンであることだ。TEACCHはその原則を多くの出版物に掲載している。」

「重い知的障害を持つ自閉症の人は、写真やカードなどの抽象物を、視覚的手がかりや行動をコントロールをする目的で使えないから、TEACCHは有効でないという人たちがいる。そういう場合、写真の代わりに実際の物を使ったり、大げさなボディーランゲージを使ったりする。重要なことは、その人が理解できるように工夫していくことだ。
 さらに重要なのが、一人ひとりのアセスメントに基づいて教育方法を個別化することである。」

●ショプラー先生と精神医学の関係
 さらに多少マニアックな質問をしてみた。ショプラー先生は1970年代前後に精力的に感覚情報処理や構造化の論文を発表しているが、代表的な論文は心理学や教育学ではなく精神医学の専門誌で発表されている。ちなみにショプラー先生自身は医師ではなく心理学者であるし、認知心理学的研究が中心だ。その理由についてたずねてみた。

「60年代から70年代にかけての精神医学はフロイトの理論が中心だった。フロイト理論が教育分野にもメンタルヘルス領域にも影響を及ぼしていた。フロイト理論を唱える人たちにTEACCHの手法を理解してもらい、自閉症の治療に使ってもらいたいと思った。」

●その他いくつかの質問
TEACCHは効率を重視しすぎるか
 最初はどうして効率的(efficient)であることが批判されるのか、わからないという返事だった。そう言われてみればそのとおりだ。TEACCHは効率的であると批判する人たちは、たとえば車の大量生産を効率的にやるようなイメージがあるかもしれないと思い至り説明した。ショプラー先生はなるほどという顔をした。


「TEACCHが構造化された指導によってめざすのは、自閉症の人々が環境から受ける混乱を最小限にし、一人ひとりが環境の意味がわかるように、そして自分たちの環境を作り出していく方向に導くことである。
 私たちは同じことを同じ方法で行う自閉症の人々を大量生産しようとしているのではない。TEACCH方式の教育は、だれにも同じプログラムを適用するのを強調しているのではなく、むしろ一人ひとりの独特のニーズに合うような個別化した教育プログラムを強調しているのである。」

PECSとの関係
 PECSとTEACCHの手法は似ているし、同じだと思っている人もいるようだ。TEACCHはPECSは同じなのか違うのかを聞いてみた。


「ボンディはTEACCHで構造化された指導を学んだうえで、PECSを始めた。視覚支援を使うという点ではTEACCHとオーバーラップする部分が非常に多い。ただPECSがめざすのはコミュニケーションであり、絵カードの交換を重視する。TEACCHは広範囲のホリスティック(全体的)なアプローチを使う。私たちはコミュニケーションだけではなく、多くのほかの生活スキルに焦点をあてる。それがPECSとは大きく異なる点であろう。」

 私はなんとなく納得するのですが、違うご意見もあるかもしれません。

ご参考
門眞一郎先生の意見
http://www.eonet.ne.jp/~skado/book3/book3.htm
 
TEACCHとPECSの違い

TEACCHは集団を軽視するか

「当初、TEACCHでは6人の子どもで構成される自閉症クラスを運営していた。しかしだんだんそれから離れていった。今日、私たちが自閉症クラス運営に注ぐ力は以前ほどではない。なぜなら自閉症の人たちが地域に統合されることをめざしてサポートしているからで、その方法の一つとして自閉症の子どもが他の子どもと同じ学校に通うことがある。一方トータルインクルージョンは理論上は理想的だが、現実的には有効でない場合もある。」

2.メジボフ教授へのインタビュー

●構造化の歴史

「構造化された教育モデル(以下STM、Structured Teaching Model)の歴史については二つのコンセプトを区別して考えなければならない。一つは、だれがそのアイディアを出したか、そしてもう一つはだれがそのアイディアに名前を付けたか、ということだ。
 ショプラー教授はTEACCHプログラムを設立するために構造化の意味を定義した。しかし、そのはるか以前に、自閉症の子どもとかかわっている人たちはすでに、子どもとかかわる日常の中で、構造化の手法を特に名前も付けずに使っていたかもしれないし、ショプラー教授とそのグループが成し遂げたように、体系的に構造化の手法を開発しつつあったのかもしれない。こういったことは想像に難くない。」

 こういうふうに言わはるのがメジボフさんやTEACCHのいいところだと思います。実際、日本でも多くの人が構造化(という言葉は使わなくても)の有効性に気づいていたと思います。syunさんも自分で考えたあれこれやってて、後にTEACCHの講演会を聞きにいったら「あっ、同じことやってる」と思ったとか。

 で、それでいいのだと思うのですが、時に「へん、あんなこととっくに気づいていたわい」と言って、自分のやってたとこだけ継続し、トータルに学ぼうとしない方のおられるのは残念です。別に特許争いしてるんじゃないんだから。

「ワークシステムとスケジュールを使用することで、自閉症の人は固執行動をコントロールすること、注意を転換することが容易になる。」

●PECS/ユニバーサルデザイン

「PECSの考案者のボンディはノースカロライナの大学の出身で、長年にわたりTEACCHに詳しかった。彼がTEACCHの方法から影響を受けたことも考えられるし、TEACCHも確かにボンディの実績に影響を受けた。」

「キャロル・グレイもTEACCHに影響を与えた。彼女は自閉症スペクトラムの人が複雑な社会的・対人的概念を理解し、他者とコミュニケートするための、非常に効果的な方法を編み出した。それは自閉症スペクトラムの人にとって、具体的で理解可能な自閉症フレンドリーな方法だ。彼女の考案したソーシャルストーリーはTEACCHプログラムでも広くもちいられている。ソーシャルストーリーは我々にとって新鮮な衝撃だった。」

 どうでもいいことですが、キャロル・グレイさんをTwitterでリストに入れさせてもらってます。

●他の専門家との協力

3.TEACCHへの批判と誤解に答える

●ロボットとTEACCH

「TEACCHの支援方法は子どもをロボットのように操る方法だという批判がある。」

 ありますねえ。私に関する部分はこんなの。

鉄腕アトムと晋平君

過去の記事243(自主研修会2回目)

 先日ある人とやりとりしていて、「鉄腕アトムだと正義の味方すぎて。ロボコンくらいがいい」って言ってはりましたが、それもなるほどなあ、です。

●ゴールは「構造化のない世界」における「普通の成人」か?

「TEACCHの構造化の目指すところにも誤解があるようにも思う。構造化の目指すところは最終的に『日常という、構造化のまったくない場面』でうまくやっていく能力を身につけることではない。我々の日常にも、さまざまな構造化がなされている。学校の時間割、駐車場の停止線や仕切り、駅のホームの時刻表など普通の人の日常にも多くの構造化がある。構造化は定型発達の人にも便利だからだ。スロープやエレベーターが車椅子の人だけでなく、老人や妊婦や疲れた人にも便利なのと似ている。
 必要な構造化の程度というのは個人によって異なる。」

●構造化した指導をすると、普通の社会に適応できない成人になるのか?

「これに対する回答は、構造化された教育を受けたことのない現在の成人の自閉症の人の社会適応の現状を見てもらえばよい。」

「教師は学校の中だけにとどまらず、卒業後の成人期の自閉症の人の生活について、もう少し現状を把握するべきであろう。」

●TEACCHは訓練か?

「訓練ということばは、歯を食いしばって辛いことを頑張って克服するといったイメージがある。そういう意味ではTEACCHの指導場面は決して訓練的には見えない。TEACCHでは子どもの興味とその時の能力に基づいて課題設定を行うので、無理なことを強いることはない。
 ここでは課題設定と書いたが、TEACCHでは子どもに対して意図的に課題設定を行う。自閉症の子どもは興味や関心の幅が狭いから、子どもの自由にすればこだわり行動が強まり、時にはパニックにいたる。もちろん無理な課題を強いても不安定になる。
 訓練や療育を否定する立場の人でも、子どもに教育は要らないと言う人は多分いないだろう。我々は人間の文化の中で生きていく。人間として生まれた以上、教育をしないということは我々の文化の中で生きていくことを拒否することであり、ネグレクトである。」


●特別なことは何もしなくてよいのか?

「筆者は、自閉症には自閉症特性にあった教育(訓練ということばは相応しくない)が必要だという立場だ。」

「ただ『普通』に育てなさいというのは家庭や幼稚園などの現場の実態を知らない人の言い方だろう。」

●構造化に対する誤解

「構造化に対する誤解として『日課や周囲を変えないことが構造化である』という誤解がある。なるほど構造化の手法では、たとえば『勉強してから、遊び』といったルーティンから教えていくことがある。変化によって混乱しやすい子どもの場合には、むやみに日課を変えないということもありうる。しかし日課や周囲を変えないことが構造化というわけでは決してない。」

 で、もちろん目まぐるしく変えまくるのも構造化でないことは確かで。そしてあらかじめスケジュールで伝えておくことは当然ですね。また本人さんがいやだったら表現してくれて交渉になるかもしれないし。

●自閉症は克服の対象か?

「つまり、TEACCHの目的は自閉症の人が我々の文化のなかで共に生きていくことにある。目的は多数派への『順応』でもなく『障害の克服』でもなく、自閉症のままでの『共生』である。構造化はあくまでも方略であって、ゴールではない。
 構造化とは、視覚障害者にとって白杖が共生のための一つの方略であるように、少数派の自閉症と多数派の我々が共生するための方略の一つなのである。」

自閉症の人から視覚支援を取り上げるというのは(門眞一郎先生の駄ジャレ)


●自閉症の子どもには葛藤は必要か?

 ここではパニックにも価値がある、という見方から「パニックを起こさないように常に配慮することは、教育的見地からは疑問である」というTEACCHへの批判があることが語られていますが、私には全然わけがわからないです。

 実際、先日の成人施設での虐待事件でも、パニックになった人に職員さんが馬のりになる、平手うちを喰わせる、などの行為が問題になりました。(複数の施設で!)そうなる前にどうしたらいいのか考えることこそが職員さんであり、教師なのだと思います。

●自閉症の子どもにとっては毎日が試練

「たとえば、現実の生活では予想外の事態がいくらでも生じるのだから、スケジュールを使っていると、現実に適応できなくなるというわけだ。」

「構造化とは、日常感じる苦痛を、ほんの少しだけ軽減する方略と考えてよい。」

●個別化と孤立化は同じではない

●いつも集団でいるのがよいのか?

「著者の知る限り、成人期の自閉症を対象にした最初のグループによるプログラムの報告は1984年のメジボフ教授による※報告である。
 TEACCHは集団としての学び合いや葛藤を軽視しているのではなく、個々の子どもに応じた支援策のないままに集団に入れてしまうことに慎重なのだ。」

※Social skills training with verbal autistic adolescents and adults:A program model. Journal of autism and developmental desorders,14,395-404.

●「普通の方法」がそれほど大事なのか?

「カードを提示して教える教師を見て『こっけい』だと感じる教師もいるらしい。筆者にはその理由がわからない。聴覚障害の子どもに手話を使ったり、意図的にわかりやすく話す教師は多いだろう。手話は『普通の子ども』に接する方法とはあまりにもかけ離れている。しかし、そうする教師が『こっけい』とは筆者は思わない。『普通とはかけ離れたやりかた』で教えたからといって内面を軽視することにもならないし、教師と子どもの共感を否定することにもならない。」

「実際に子どもを指導してみれば、何かを達成したときには教師と子どもにポジティブな共感が、少なくとも共感の方向に向かうベクトルが働くことを感じる。この際にカードを使うとか物理的構造化をするとかは、実は本質的な問題ではない。構造化はあくまでも単なる手段である。」

●TEACCHは行動主義か

「TEACCHが行動主義だという批判も多い。これはTEACCHに対する誤解と行動療法そのものに対する誤解が混在していることが多いためややこしい。」

 ややこしいですねえ。私も繰り返し書いていますが。「応用行動分析」で検索していただくといろいろ出てくると思います。

「TEACCHはハンバーガー店のマニュアルみたいなものだという意見もある。TEACCHは『構造化の理念をもとに、子どもたちへの対応をこと細かに示したいわばマニュアル』といいうのだ。もっともメジボフ教授によれば、アメリカではTEACCHはマニュアル化されていないという批判が強いという。そのような批判のほうが、まだ納得がいく。」

「もっともTEACCHの信奉者の中にもTEACCHの理論が考え出された背景には無理解で、ワークシステムやスケジュールなどの目に見える手法を表面的に模倣して満足している人もいることは確かであり、残念なことだと思う。」

4.もう一度TEACCHの理念

「筆者は仕事柄、いろいろな現場に関係してきた。スタッフがTEACCH信奉者を自認する現場もあれば、おずおずとTEACCHを取り入れてますという現場もあり、もちろんアンチTEACCHの現場もある。筆者にとって辛いことは『TEACCH派』を自認する現場において、TEACCHの理念が本当に実行されていないのではないかという疑念を抱かざるを得ないことが少なくないことだ。」

「われわれ自閉症の支援者は、世界中で日々生まれつつある新しい理論や実践に常にオープンであり続けるとともに、自己の臨床を批判的に吟味しながら、自閉症支援の質を高めるようにしていきたい。」


 ふ〜〜、やっと最後まで来ました。

 で、この本を読んでどうなるのか、というあたりは番外編として別エントリにします。








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