>TEACCHが「舶来ものの文化を基礎としている」という当たり前の現実に
>無頓着なTEACCH礼賛者はいっぱいいますな。
舶来ものと言うか何というか「自己選択」「自己表出」の文化の地で行われてそれが自閉症の人にもマッチした、ということは大いにありそうですね。自閉症の人って「自己選択」の人ですから。
昔の話ですが。
私の親戚でカナダ移民の2世がいるのですが、訪ねて来てくれた時に「カナダではレストランでもいっぱい選択さされる。日本の食堂では選択しない。不思議だ」と言ってました。
選択ということで言えば、状況などうろ覚えになっているのですが、昔ノースカロライナのTEACCHスタッフが自閉症の人と旅行した時のエピソードが心に残っています。細かい部分は記憶が違っているかもしれません。
一緒に旅行に行ってホテルにいたところ、火災報知器が鳴った。すぐに外に出なければならない。スタッフは自閉症の人に「君はあの木の下と、そのベンチのどちらかに行ける。どっちに行く?」と尋ねた。自閉症の人は木の下を選んでそこに行った。
つまり緊急を要する時でも意思を聞き、選択してもらうってわけです。
> また「○○さんと同じ意見です」が許されな
>い国です。「あなたは××でしょう!○○とは
>違う個人でしょう!」と怒鳴られる文化です。
鴻上尚史さんが「ロンドンデイズ」の中でも「怒鳴られる」とは書いてないけど、とにかく「あなたの意見を言え」とされる文化であることは書いてはりますね。そしてそれはある意味非常に「きつい」社会なのだと。
>選択と自己表出は「絶対必要」なのです。
ですね。で繰り返しになりますが、その文化から出てきたTEACCHが自閉症の人に合った、と。
昔、障害児教育フォーラムで私なんかが「選択が大事」とか主張する前から、もずらいとさんが「自閉症の人にはこれこれ(ここが何か忘れた(アセ))の後は選択が大事だ」と主張されてた慧眼を思い出します。
自閉症やアスペルガー症候群の人自身の選択・決定と社会適応について


>「自閉症の人にはこれこれ(ここが何か忘れた(アセ))の後は選択が大事だ」<br /><br /> なんと言ったのでしょう?記憶がありません。ただ,自閉症の人たちは正しかろうが間違っていようが「最初に覚えたもの」に固執する傾向が非常に強い(健常者でもビギナーズラックで万馬券取ってしまったために競馬狂になって借金数百万になってもやめられない...みたいな話は書いた記憶があります)ので,「いくつかから選べる」というのは米国文化とは別の観点から必要だと思っていましたし今も思っています。</p>
>もずらいとさん<br /><br />いや、私もそこんとこが思い出せなくて(;^_^A<br /><br />でも、そう難しいことが「できる」とかいうのでなく、<br />すぐにクリアできることだったと思います。<br /><br /></p>
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