知的障害特別支援学校にいた頃。
kingstoneです。
>でも、それも殆どが言葉を話さない子どもに対してで、言葉を喋っている子どもに対
>してはそんなことはしていませんでした。
>「言葉を話す=理解している」と思っていたのですね。
ほんまね・・・ここんとこ理解して頂きづらいですね。
>保護者とこの点を共通理解できなくて悩むケースがあります。
>保護者には「学校は文字や数など『お勉強』を教えるところ」という概念があって、
>特に認知的に高いとそのあたりの高次化を望まれる人がいます。
>しかし、その力を生活にいかすこと、その基礎になっている部分に手だてをとらない
>と「絵に描いた餅」で終わってしまう。
>
>そのことをうまく伝えきれない私たちにも問題があるのでしょうが、「特別支援学校
>には『勉強』がないからダメ」という保護者の声を聞くと、残念だし、悔しい思いをし
>ています。
そう、どっちも困るんですよね。
もちろん保護者だけでなく同僚とでもなかなか意見が一致しません。
こっちは「適切」なところで、「伸ばしたい」と「居心地良くしたい」の両立をはかりたいと思っているんですけどね。
で、「適切」なところ、というやつは、こっちがわかっているのじゃなくて、いろいろ一緒にやってみないことにはわからない・・・