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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月18日

シェアウェア―もうひとつの経済システム

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。


「シェアウェア―もうひとつの経済システム」
NTT出版 金子郁容監修 宮垣元・佐々木裕一著
を読みました。いろいろ触発されるところがありました。

シェアウェア―もうひとつの経済システム/宮垣 元

¥1,890
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 シェアウェアやフリーウェアの作者へのインタビューを集めた本です。
 みなさん異口同音に「このソフトは私一人で作ったものではない」
「ユーザーからの要望があってこそできたものだ」というようなことを
述べられています。

 ちょっと長いけれど引用します。
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もちろん、シェアウェアがディジタル・ネットワークをインフラとして
いることは事実だ。その意味では、オンライン上でのソフトウェアが
「つながっている」感覚を生み出すのは必然ともいえる。しかし、ここで
注意すべきことは、原動力となっているのは明らかに「つながっている
状態」ではなく、「つながっている感覚」であるということだ。ここでいう
「つながり」とは、物理的な接続状態以上の「何か」であるが、そのこと
こそが重要なのである。

 では、どうしたらそうした感覚を得られるようになるのだろうか。いい
換えれば、どうしたらユーザーが自発的に「付句」をするようになるの
だろうか。ヒントは江村氏の「早い段階でソフトウェアを公開してしまえば、
ユーザーからのフィードバックがある」という経験に隠されている。

 早い段階で公開するということは、ソフトウェアの完成度が低い状態で
公開するということだ。そこには、おかしなところや不完全なところが
ぎっしり詰まっている。企業の発想からいえば、そんな状態で製品を世に
出すことはありえないだろう。不完全であるがゆえにユーザーからクレーム
がつきかねないし、第一、事前の評判を落とすリスクをしょいこむことに
なるからだ。

 ところが、シェアウェアはそれをあえてやろうとする。ましてや、作者には
企業や上司といった後ろ盾やいい訳がないから、ある意味では好んでさらし者
になるようなものだ。しかし、それは愚かなことでも損なことでもない。理由
はいたって簡単だ。どんなに穴がないように気をつけても、どんなにいい訳を
考えても、完全であることはありえないからだ。どうせそうなのであれば、
そんの取り繕いをせず、素直にそれをさらしてしまえばいいとシェアウェアの
作者は考える。つまり、シェアウェアを作るということは、自分自身をひ弱い
立場に立たせることを選択するということでもある。

 このように、ボランタリーな行為はさまざまな賞賛と同時にさまざまな攻撃
に身をさらすことにもなる。しかし、作者が自分を弱い立場におくからこそ、
他のユーザーからの指摘や意見や要望が生まれると考えてみたらどうか。シェア
ウェアの作者がソフトを公開すれば、たくさんのユーザーから感謝の言葉を
もらうかわりに、「こんなことはできますか」「こうしてほしい」「こんな
不具合がでました」というような意見への対応を迫られる。だが、こうした
「弱さ」や「傷つきやすさ」こそがシェアウェアのダイナミズムの源なのでは
ないか。

 ボランティアを研究する金子郁容は、この弱さを「バルネラビリティ」と
呼び、自らを「バルネラブル」にすることが次の「つながり」を生むのだと
説いている。(「ボランティア」岩波書店)バルネラブルであるということは、
弱さ、攻撃されやすさ、傷つきやすさであるとともに、相手から力をもらう
ための<窓>を開ける秘密の鍵でもあるというのだ。
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例えば今までの学校文化はひょっとしてパッケージソフトを作ろうと
するようなものではなかったか。しかもかなり破綻し、ユーザーのニーズ
から離れた・・・

 個別教育計画は、それをシェアウェア化(オンラインソフトウェア化)
しようとする試み??

 またフォーラムの会議室への発言やMLへの発言というのもボランタリー
な行為であるし、同じような側面があるのじゃないかな。マチートさんは
ご自分の「問題行動の対処法マニュアル」をフリーウェア宣言してはり
ましたし、最近で言えばダダ父通信もまさにそういうものとして流通しよう
としていますよね。

 この本にはシェアウェアとお金についての考察もされています。
 これは有償ボランティアにつながるのじゃないか、という視点ですね。

 それこそ卒業後の場やグループホームをそういうものとして
作っていくことができないかなあ、というのが今の私の夢想です。


posted by kingstone at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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