私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月18日

わかるということ(1)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校にいた頃。

 以前「構造化」っていうのは「わかりやすくすること」っていう意味だ、
って話がありました。本人さんたちに「わかりやすい」こと・・・

 これに関連してあれこれ考えています。

 授業でもそう。このFEDHANでも授業についていろんな議論があります。
 これも目の前のお子さんによっていろいろ変わってくるとは思うのです
が。

 例えば「計算できることより実際にお買い物ができることが大事」という
ような話があります。それもあるお子さん、ある方にとってはほんま。

 しかし、会議室違いになるかもしれませんが、例えばじゃあ筋ジストロフィー
などで外出もままならない方に、計算の勉強は無意味か?いやもっと言えば
因数分解や微積分は・・・

 ここで大事になってくるのは「わかること」だと思うのですね。
 「わかる」「理解できる」喜びってそれこそなんて言うか「生きてて
良かった」につながってくることじゃないかなあ、と思うのですね。
例え直接「生活」に結びつかなくても。

 もちろん、ここで言いたいのは「だから微積分の授業をしましょう」
ということではありません。「わかる」ってことはそれほど大事なんだ
よなあ、ってことです。

 また例えば外から見てて「なんで小学生にボルトにナットをつける
ような面白くもない授業なの」っていうことに関して、ひょっとすると
本人はやることがよくわかって「面白い」のかもしれない・・・

posted by kingstone at 09:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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