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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月11日

過去の記事198(愛 感受性)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の3学期の話です。
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 1月22日


愛 感受性


 愛情とか感受性とかに頼らずできる実践、情けない教師でもできる実践、
それが今の私の目当てだったりします。

 ところで新人Bさん、とても素敵な方です。

 「がんこ」「わがまま」と言われることの多かったBさん、
 「笑って逃げる」E君、などとほんとじゃれるようによく遊んでいます。
 その遊びも「あっ、この子これが好きなんだな」と気づいたら即やってみる、
そんなことが多いです。もちろん他の子ともよくやりとりをしています。

 で、どうなったかというとBさんもE君も新人Bさんによく寄って行き、また
指示もよく聞きます。(新人Bさんが子どもを怒鳴ったところは見たことが
無い)

 これは新人Bさんの感受性の良さ、とも言えるし、新人Bさんが愛情にあふれて
る人だから、という表現もぴったり来ます。

 もちろん、「細かい観察」で「仮説を立て」て「やってみて」子どもが喜んだ
ことを「繰り返し」やってるだけ、とも言えます。しかし、そんな言い方を
するより「愛情あふれる」人なんだ、って言う方が何かぴったり来るなあ。

 で、そんな新人Bさんが子どもたちがよりいろんなことを理解しやすいように
パソコンを使って視覚的支援のためのカードをいっぱい作ってます。

 鬼に金棒というやつですね。(ニコ)

 そう。「愛」が無くていいわけじゃない。「感受性」が鈍くていい
わけじゃない。ただそれだけを言いっぱなしにしておくことがいけない
だけです。具体的な「方法」や「技術」に裏付けられて相手にそれが
伝わらないと無意味と言うか・・・

(そう言えば Erich From(綴りあってるかな)に Art of Loving なんて
 著作がありました)

 私の実践も、実は私に欠落している部分を新人さんたちにフォローして
頂いているからこそできてます。

 私には「愛」という名で呼ばれることの多い「細かい配慮」というやつが
どうも根本的に不足している・・・そのために子どもに連続で失敗させて
しまったり・・・

 ま、しかし、「情けない教師でもできる実践」っていうのは、こんな方法
を使えばいい関係ができて、結果的に「いとしいな」「かわいいな」と
思える、そんな線もねらってます。あるいは「疲れて」しまって「愛」が
表現できなくなってる時に、こんな方法をとれば「楽」になって「愛」が
表現できるようになるとか・・

 そう、みんな「愛」はあるはずなんだから。


posted by kingstone at 06:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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