私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年04月06日

私の信仰告白?

 流れをぶち切って(?)先に書きたいことを書いておきます。
 これができるのがブログのいいところですね。

 私は「TEACCH教」だと言われたり「TEACCHにこだわっている」
と言われることも多かったです。でもなにかピンとこない・・・

 でも「カウンセリング教」と言われたらうなずきます。

 カール・ロジャーズはどこかで
「人間は条件が整えば成長する」
と言うか書くかしてて、私はそれを信じています。

 ロジャーズ自身はそれを科学的に証明しようとしたけど、うまくいか
なかったと思います。

 科学的に証明できないものを信じることを信仰と呼ぶなら私の信仰はこ
れになります。

(と書くと、カウンセリングや臨床心理学をやってはるかたから怒られる
 かもしれませんが)

 で、「今、ここ」を大事にしていたら肢体不自由の人のAACに行きつき、
自閉症の人のTEACCHに行きついたと思っています。

 健常だけれども不全感を持っている人だったら「積極的傾聴」や「共感的
理解」で「耳を傾け」「音声言語や雰囲気で伝える」ことでうまくいく部分
が多いでしょう。箱庭や夢を語ることもいいでしょう。

 しかし、私の目の前にいた肢体不自由児に何かを表現してもらおうと思っ
たらAACがまず必要になりました。音声言語もないし、箱庭を置いてもら
おうったって腕が動きません。

 そして自閉症の人に何かを表現してもらおう、こちらの意図を知ってもら
おう、とした時にTEACCHが必要になりました。

 過去に(今は知りません)カウンセリングをバックボーンとしてもってい
た人と、TEACCH的に取り組もうとした人が対立した、というのがよく
わかりません。

 まあ2000年代になっても高名なカウンセラーが「自閉症は(クライエント・
センタード・アプローチの?)カウンセリングで治る」みたいなことを著書
で書いてたりしたから、しかたのないことなのかもしれません。

 私自身について言えば、障害のある人(だけじゃなくすべての対人関係で
ですけど)に向き合う時、カウンセリングの学習で身につけた知識や態度が
すごく役に立ったのですけれど。


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