大昔の話です。
知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
−−−−−−−−−−−−−−−
11月19日
発想の転換 パニックにならない環境を整える
うーーんと・・・以前パニックを指導の機会と捉える、という
ような書き方をされてたと思うのですが・・・
私の周囲でもパニックが起きたらどうこう指導する、という話は結構あります。
でも、パニックが起こらない環境、指導をしよう、という話にはなかなかなり
ません。私の周囲の場合は「がまんが足りない」みたいな話になりがち・・・
あるいは「当然やるべきことをさせるのだ」みたいな・・・
なんか(私の周囲の場合ね)発想が逆なのじゃないか、と痛切に思い出しまし
た。
で、だからこそ人手が多くかかってしまう。自立的に安心して動ける環境
であり授業であるなら人手は少なくてすむ。具体的に実現していこうとすると
かなりの難しさが予想されますけど。
特別支援学級などでも同じようなことが言えそう。もちろん、その学校の文化
の中で「自立的に安心して動ける環境や授業」を作り出していくのはものすごい
戦いが必要になりそうな予感がしますが。
知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
−−−−−−−−−−−−−−−
11月19日
発想の転換 パニックにならない環境を整える
うーーんと・・・以前パニックを指導の機会と捉える、という
ような書き方をされてたと思うのですが・・・
私の周囲でもパニックが起きたらどうこう指導する、という話は結構あります。
でも、パニックが起こらない環境、指導をしよう、という話にはなかなかなり
ません。私の周囲の場合は「がまんが足りない」みたいな話になりがち・・・
あるいは「当然やるべきことをさせるのだ」みたいな・・・
なんか(私の周囲の場合ね)発想が逆なのじゃないか、と痛切に思い出しまし
た。
で、だからこそ人手が多くかかってしまう。自立的に安心して動ける環境
であり授業であるなら人手は少なくてすむ。具体的に実現していこうとすると
かなりの難しさが予想されますけど。
特別支援学級などでも同じようなことが言えそう。もちろん、その学校の文化
の中で「自立的に安心して動ける環境や授業」を作り出していくのはものすごい
戦いが必要になりそうな予感がしますが。