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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年03月27日

過去の記事82(子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 10月25日


子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽


 あるお子さんが通常校の特別支援学級に通ってはります。
 夏に親御さんがTEACCHのことを少しだけ知りました。

 そこで担任の先生に話をしたところ「スケジュール」を作って下さいました。
またそうじをする時は「そうじカード」を示す、等という工夫をして下さいました。

 スケジュールについて言えば、先生がいなくても、交流学級の子どもたちが
スケジュールを示して、「○○君、次はここだよ」とか示すと納得して動く
ことができるようになったとか。

 で、担任の先生の感想として「すごく楽になりました」

 いいよねえ。もちろん○○君も楽になってると思います。
 そういう話を聞く親御さんも楽というか楽しいだろうし。

 私、「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽な方法を」と言ったら、
この「楽」って言葉に違和感を覚える先生は多いそうです。でもやっぱり
いいと思うんだけどなあ。
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追記
 「子どもが楽、担任が楽、そして保護者が楽」というのは数少ない私の
オリジナルの言葉です(エヘン)後年は「子どもが楽、保護者が楽、教師
が楽」というふうに順番を換えて使っていました。

 でも周囲の先生方は「楽」というのは「教師のさぼり、なまけ」と思わ
れて理解して頂けませんでした。「楽」というのにはすごく反発があった
みたいです。(でも・・・「子どもも苦しい、担任も苦しい、保護者も苦
しい」取り組みが多かったような気が・・・それって意味あるのか)

 またTEACCHをよく知る複数の方からは(教師も保護者も)「最初
は教師も保護者も楽じゃないよ」と言われました。そうですね。スケジュ
ールとかワークシステムとか様々な見てわかるコミュニケーション手段と
か・・・今まで音声言語だけですましていたところで、たくさんのあれこ
れを作らないといけないのですから。最初は超めんどくさい・・・

 「学校文化」や「こっち側の文化」とぶつかることも多いし。

 まあ、実際にやってみると「わかりあえることはこんなに楽しいんだ」
とわかって「楽」になっていくわけなんですが。

 と今思っていますが、少し後の当時の記事にこんなのがありました。
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 私、最近まで「いろんな方法があっていい。きつくてもがんばるも、それ
はそれで尊いお考えだ」と思っておりましたが、もうここに来て「そーゆー
のが諸悪の根元」というふうにも思えて来ました。(あくまでも目の前の子
どもたちを見ててですが)

で「教師は楽ではないですけど」というのも、これまた考え方で変わるかなあ、
という気はします。

 例えば、私、今学校に早めに行って、その日のスケジュールに合わせて、
いろんなところにカード受けのポケットを付けたり、必要なカードを用意
したりしています。結構めんどくさい。

 でも、その準備の時間をとらずに、子どもに「はなれるな!」とかくどく
指示しながら動いたりするよりよっぽど「楽」なんですよね。

 課題学習の教材をあれこれ考えるのもたいへん。でも「この授業やっても
わかんないだろうなあ」と思いながら時間を過ごすよりよっぽど「楽」



 
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