※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年03月24日

過去の記事61+α(ごめんなさいは奥が深い)

 大昔の話です。

 知的障害特別支援学校小学部3年目の2学期の話です。
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 10月3日


ごめんなさいは奥が深い


 しかし・・・「ごめんなさい」も奧が深いですね。

 A君の場合は「自分に不快な状況を逃れる呪文がごめんなさい」である
というふうに捉えているような気もするし、ちょっとこちらが怒りそう
な気配を見せると機先を制して「ごめんなさい」ということもあるよう
な気もするし・・・
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 A君はしばらく後、車に乗っていて追突された時に「ごめんなさい、
ごめんなさい」と言い続けたそうです。

 私は威嚇と暴力が上手(?)だったリーダーさんが、リーダーさんに
とって困った行動をとったA君に「ごめんなさい」を言わせているのは
見たことがあります。



 いいな、と思った「ごめんなさい」の例。

 ある時、ある人がたまたま遊んでいて小さなお子さんをこけさせてし
まったことがありました。それは他害といったものではなく、力の入れ
方をちょっと間違えてしまった、という感じでした。小さいお子さんは
泣いてしまったのだったかな?

 ある人はちょっと落ち着きがなくなりました。

 すると側にいた人が、ある人のところに行き、お子さんと親御さんの
ところへ一緒に行き、「ごめんなさい」と言いながら頭を深々と下げま
した。モデリングですね。

 ある人も一緒に頭を下げ小さな声で「ごめんなさい」と言ったと思い
ます。

 その後、ある人は落ち着いてはりました。

 側にいた人は「本人さんが必要としてたから」とおっしゃってました。
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追記
 威嚇と暴力が上手(体に跡をつけない)だった先生のエピソードを少し詳しく。

 私は、雨上がりの誰もいないと見えた校庭を私は3階から見下ろしていました。

 先生が校舎から出てくるのが見えました。

 先生は運動場の端にある2つの倉庫のほうに声をかけました。するとA君が隙間から出てきて、先生の側に来ました。

 先生はさっとプロレス技をかけて「ごめんなさいわあ」と言いました。

 A君は恐怖に、その不安定な姿勢からか、痛みからかおののく顔をしていましたが、「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いました。

 先生は技をとき、A君を自由にさせました。


 たぶん、先生は3階から私が見ていたことには気づいていなかったでしょう。

 私は「何か違う」と思いながらも、その先生にも何も言うことはありませんでした。私も当時はまだまだ理論だてて何かを言うことはできず、また経験も浅く、その先生はベテランでその学校の一番の権力を持った方でしたし・・・

 なお、その先生がいなくなってからその先生の意見を否定するというのは私の美意識に反していたので、その先生が異動される半年くらい前から公的会議でどんどん反論するようにしたら、やっぱりすごく怒ってはりました。










posted by kingstone at 21:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 過去の記事(1998年度後半) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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