私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2010年03月05日

私の好きだった校長先生

 閑話休題。

 私の肢体不自由養護学校時代後半と知的障害養護学校時代は校長
先生に恵まれていたと思います。どんな方たちだったか一言で言う
と・・「障害児教育(特別支援教育)に夢を持っている」というか・・

 肢体不自由校時代の校長先生が、若い頃、肢体不自由児のための
コミュニケーション機器を開発されていた話は書きました。肢体不
自由児のために何かできないか、いつも考えているような先生でし
た。

 ある時、私が子どもと1対1で学習していました。何をやっていた
かは覚えていません。パソコンは使っていませんでした。何か教具を
使っていたかな。

 そこへ校長先生がお客様を案内して入って来られました。そして
私の授業を見ると嬉しそうに身振り手振りで「この授業はこれこれ
のことをねらっていて、だからこういうふうにして」と説明し始め
ました。いや、私もそこまで考えていなかったかもしれないくらい
まで(笑)

 ああ、お好きなんだなあ、というのがとても伝わって来ました。

 知的障害養護学校時代の校長先生はリーダーシップのある方で、
職員の大多数が多分無理だろうと考えていたスクールバス増発を、
職員・保護者を巻き込んで実現してしまったりしはりました。

 私がキレて話をしに行っても、よく聞いて下さいました。

 後年、TEACCH的な取り組みを始めると「お前のカードシス
テム、なかなかええなあ」とおっしゃって下さってました。何度も
「カードだけじゃなくTEACCHと言って・・・」と説明しても
覚えては下さいませんでしたけど(笑)

「負ける喧嘩はするな(勝つようにしろ)」というのも言われまし
たね。私は直情的に話してしまうけれど、たぶんもっと根回しした
り準備して闘うようにというお諫めだろうと思います。

 ある時「俺がいつも読んでいるこの本を読め」と線のいっぱい引
かれた「菜根譚」を頂きました。本当に読んだかどうか気にはおと
めにされてなかったかもしれませんが、それ以来私はずっと持ち歩
いていました。内容を理解したかと問われると何とも言えませんが、
たぶん「もっと大人になれ」というメッセージだと受け止めました。
なれなかったけど。

posted by kingstone at 16:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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