第12章は「セラピー関係と言葉の技術を学ぼう!」となっています。
なんか「へえ、行動療法でセラピー関係」と思ってしまいますが、確かに実際大切ですよね。
ある若い人のやってるところを見させてもらって「こらあかんやろ」と思っていたら、その方のお師匠さんのを見たら全然雰囲気が違っていて、なるほどなあ、と思ったことがあります。(なお、その若い方から私への評価は「担任が下手だから実践が進まない」とのことでした)
各技法の特異的要因と共通要因
特異的要因(例えば下記技法のもつ要因)
行動療法 → エクスポージャー
精神分析 → 解釈
ゲシュタルトセラピー → エンプティチェア
(もちろん、それぞれの療法にもっともっとたくさん技法あるよな)
共通要因
(たくさんあるうちの大事なもの)
セラピストとクライアントの関係性
(そのうち特に重要なもの)
同盟関係・共感・クライアントからのフィードバック
同盟関係
1.セラピーの目標についての合意(インフォームドコンセント)
2.セラピーでの作業についてのコンセンサス
3.クライアントとセラピストの関係性
臨床行動療法における関係性のモデル
この本では3つの療法(?)について解説がある
1.アクセプタンス&コミットメントセラピー(ACT)
2.弁証法的行動療法(DBT)
3.機能分析的心理療法(FAP)
(この中の「弁証法的行動療法」が最近TEACCHでは注目されている、ってことを先日の研修で聞いたなあ)
弁証法的行動療法についての解説として、「相互的」と「不遜」のバランスというのがあった。
相互的なコミュニケーション・スタイルとは、応答的で、自己開示的で、温かく、純粋なセラピスト側の態度のことだ。つまりロジャースの来談者中心療法に代表されるようなカウンセラーに一般的に求められる態度のことだ。 |
ってことで、
一方、不遜なコミュニケーション・スタイルとは、不誠実で、尊大で、不一致なセラピスト側の態度のことだ。たとえば、面接が進み肝心な場面にんあるとセラピーをやめることをほのめかすクライエント(例、「そんなこと言われるならここに来る意味がありません」)に対して、セラピスト側が「では他のカウンセラーに紹介状を書きましょう」などと言って対応するコミュニケーションだ。 |
ってことなんですが・・・
後ろの「不遜なコミュニケーション」はロジャースのやり方とは違うんだよ、と読めます。でも、ロジャースの「純粋性(腹の底(内蔵と書かれていたかな)から出てくる思いに従う)」から言えば、あっこりゃ他のセラピストを紹介したほうがいいな、と純粋に思ったらその声に従って行動する、ということで、来談者中心療法でもあり得るし、不一致ではなく一致になると思うのだけど・・・
あえて「演技としてやる」ってこと?
あと「問題解決とヴァリデーションのバランス」ということも書かれているな。
問題を解決するという態度だけでなく、「そういう(問題となる)行動は当然で理解可能であると明瞭に伝えること」とのバランスということ。
TEACCH が注目している、というのはどういう方に対してなのだろうなあ?