読書メモ
結婚って別に最近難しくなったわけではなく、昔から難しかったようで、御伽草子の「物くさ太郎」は嫁が見つけられないので「辻捕(つじとり)をしよう」と考えたそう。
これ「男も連れず、輿車(こしくるま)にも乗らぬ女房の、みめよきが、わが目にかかるを取るぞ、天下のお許しにてあるなり」ということで、今、中央アジアのどっかで行われてる「誘拐婚」と同じやん・・・まあいわゆる声をかけるナンパみたいな場合もあるけれど、誘拐であった場合もあるみたい。中世の法令で厳しく禁じられているけれど、社会的に公認されていたというのが、網野善彦さんの説だって。(法令で禁じられているということは結構あったということだし)
それから1491年に、倭寇の根拠地と見られる対馬を朝鮮王朝が攻撃し、その後の日朝関係の修復のため、翌年来日した老松堂がソウルー京都間を往復した旅を綴った「老松堂日本行録」によると
・仏教隆盛(僧の数が多い)
・遊女が多い
・男色が盛ん
・遊女が多い
・男色が盛ん
だったそう。
男色については、「中世」とは言えませんが、1719年に朝鮮通信使としてやってきた申維幹(幹は本当はもっと難しい字)は「海游録」の中で、接待役だった儒学者の雨森芳洲に男色の盛行を非難したところ芳洲は「あなたは男色の素晴らしさをご存知ない」と返答したと。
しかし、儒学って性道徳に何か言ってるのか?
あまり知らないな・・・
あまり知らないな・・・
あっ礼記の
「七年にして男女は席を同じゅうせず、食を共にせず」
とかか・・・