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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2018年10月10日

国際貢献のウソ 伊勢崎賢治著




 2010年に初版が出ています。

 今年の特殊教育学会の自主シンポジウム

「地域に根ざした保護者支援システム構築の試みー既存の社会資源としての教職員の可能性と課題ー」

に参加した時、斉藤宇開先生の指定討論でNAS(英国自閉症協会の)モットー

「公的なサービス以外の事業に専念する」
(これはサービスに公的な機関が関係しだしたら関わるな、くらい強い)

を引用され、「なんで学校がやってるんだ。」とおっしゃたの、理解できたとは言えないのだけど、なんかすごく揺さぶられました。

 この「国際貢献のウソ」を読んで、上のご発言のヒントがあるような気がしました。

セーフティーネットとしての国際貢献

日本では、世界益と国益は対立するもののように考えられているところが多い。
しかし、欧米では国益を追求し、世界益となると考えられているのではないか。
だから日本では「国益にはならないけれど国際貢献をしよう」というような考え方になるが、欧米にはそもそも「国際貢献」という言葉を見聞きすることはほとんどない。
だが、欧米の途上国援助も、そもそもは収奪しすぎると、反乱を起こし、経済そのものが崩壊する。
それを防ぐためのセーフティネットであり、スキマ産業であることも確かである。

ドナー(寄付をする人や企業や国)からのお金を使って援助をする。
ドナーに対する説明責任は言われるし、よくやられているが、被援助者に説明されることはあまり無い。
ドナーが直接援助できない距離を利用して「人道主義」を美化し、お金を集める。

ただ国は「人道的介入」という言葉を使って自らの侵略行為を正当化する。

「開発」とは、外国資本が行う公共事業である。

被援助者にとっては「国」も「NGO」も「お上」に見える。

政府と仲良くすることもある。
途上国の貧しい人たちのニーズを拾いあげながら、それを政策面に橋渡しすることに、NGOの大きな役割がある。

「国際援助」か「革命」か。

破綻したワイロづけの政権に対して必要なものは「革命」かもしれない。
しかし、それによって内戦が起これば何十万人もの死者が出て、NGOが作ってきたものも破壊しつくされる。
それよりも「国際援助」をしつつNGOが自己批判もしつつ政権を少しずつでも変えていけることが大事ではないか。


NGOの職員として向いているいるのはリストラができる人。

できるだけ少ない職員で、大きな効果を上げるほうが良い。
また「日本人」が現地にいかなければならないわけではない。
「現地」には人材がたくさんいる。そういう人に活躍する場ができたほうが良い。
(開発途上国の一流大学出身者には一流の教育を受け、しかし仕事が無い人がいる)

「魚を与えるのでなく、魚の捕り方を教える」という言葉の傲慢さ。
途上国の人々は我々よりよほど「魚の捕り方」を知っている。
特に短期の場合なら直接魚を与えた方がいい。
(このあたり、職業訓練への助成より、お金を直接給付して生活に少しゆとりを持たせ、その上で自分で判断して行動を起こしてもらったほうがいい、という話と一緒やな)

日本でNGOをやっている人たちは「給料は安い」あるいは「無償ボランティア」と思っている人が多い。
(これは福祉業界も同じ構造があるなあ・・・)

日本の寄付文化の無さ(しかし、ひょっとして2018年現在、クラウドファンディングなどで少し変わってきてるかな・・・)

ベンチャー精神で「貧困」の所有者と一緒に「業」を起こせ。その時NGOはもうNPO(非営利組織)ではないかも。
欧米のNGOでは職務経験のあるマネージャー能力のある人が求められる。
日本では経験の無い素人が行く場合が多い。

職能は誰が認めるのか?
日本の場合、免許などで国が認めたものを資格とする場合が多い。
しかしNGO(non-governmental organizations)なのに?
NPOもお上からの認証を受ける?
(まあ、実は多くのNPOはお上からの認証を受けるわけでなく、情報を公開されて3か月間文句が出なかったら認められるんだけどね。自治体が用意した部屋で公開される、ってだけで。もちろん「認証NPO」というものもある)

国や大型のNGOは官僚的になる。するともともとの「やるべきこと」よりも「組織維持」が大きな仕事になってしまう。「やるべきこと」が終われば無くなってもいいのではないか。

「内政干渉」と「保護する義務」と。

「内政干渉」はいけない、と行動せずにいるうちに多くの虐殺が起こった。
その反省から「保護する義務」ということが言われるようになった。

ODA

・有償援助
・無償援助
・技術協力

ODAで1対1で援助する時にこそ「国益」を通じて「世界益」につなげることができるのではないか。
例えば、信頼してもらって日本製品の売り上げがあがる、など。
しかし、例えばアフリカ開発会議で「これだけ援助をしますので、国連常任理事国入りに一票を」なんてえのは足もとをみすかされるだけ。
援助を受ける側の政治家は自分たちの手柄にするだけで、票を入れることに興味は無い。


自衛隊と九条

私も、やはり憲法で自衛隊を(軍隊として)定義付けすべきやなあ、と思うな。
すごく宙ぶらりんの状態でおかれていると思う。
軍隊(自己完結する部隊)の援助は真っ先にかけつけて、速やかに去る(民間その他の体制が整えばそちらに任せる)が基本というのに納得。










posted by kingstone at 23:53| Comment(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月09日のつぶやき








































































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする