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 あくまでも、私個人の意見です。

2018年07月07日

人に話したくなる世界史 玉木俊明著




 著者が「居酒屋で人に聴かせて、ああなるほど」という話を目指したということで、私にとってはそれは十分に実現されてるなあ、と思いました。
 それだけに厳密性には欠けるかもしれませんが、各章末にさらに勉強したい人用に参考文献を紹介して下さってます。


第2章 ヴァイキングはイスラーム商人と商売していた

 私はヴァイキングと言えば海をやって来る海賊みたいな人たち、と思っていました。

 確かにノルウェー方面のヴァイキングはそのイメージで、イギリス王になったりして、ノルマン人と呼ばれ、フランスのノルマンディー地方の名前の元になったりもしています。

 でも、スゥエーデン方面のヴァイキングは今のロシアの地から黒海を経て、今のトルコあたりまで来ていたと。

 で、まあヴァイキングは商人であったと。ただし力を背景にしているから、相手が否を言えば略奪となり・・・実際昔は「商売」と「略奪」の境はあいまいだったと。

 で、どちらのヴァイキングもアッバース朝のイスラム商人と取り引きをしていた、という話。

 勢力は広げたけれど、基本的に「商人」で「統治」のシステムは無かったので、小さな地域に集まり、広い国としては定着しなかった、ということです。

 で、その集落が後のよく名前を聞く「ハンザ同盟」の都市になったと。

 基本的に異文化、異宗教でも商売はできていた、というのが面白い。



第4章 織田信長「天下取り」を支えたアジア交易圏

 イメージとして織田信長はイエズス会と仲良くやってた、と思っていましたが、最初はそうだったけど、武器商としてのイエズス会の必要が低下(鉄砲も国産できるようになっていた)し、(最後は信長は自分を神として祭る神社(?)を作ったんじゃなかったっけ)秀吉、家康を待つまでもなく、信長とイエズス会は決裂していたのではないか、ということです。

 で、ポルトガルのバックアップを受けていたイエズス会ですが、日本にやって来れたのは、イスラム商人のネットワークの情報があってこそ、ということです。



第5章 グーテンベルクのもうひとつの「革命」

 なんか表題は少し違うような・・・というか活版印刷によって、宗教改革が用意された、という以外にもあるんだよ、ということなんだけど、それ以外に変わったのが「商売」「経済」ってのは、「もうひとつ」になるんだろうか?

 でも変わったのは確かだと思う。

 で、情報発信が聖職者だけでなく商人もできるようになった、ということ。

 そして「遍歴商人」の時代から書類をやりとりする「定住した商人」の時代に変わっていく。

 それで大きな影響を持ったのが「商売の手引き」(商売のやり方マニュアル)であり、「完全なる商人」というのが各国語に訳されたと。ある意味「自己啓発本」の系譜?

 こういうものの普及によりヨーロッパの商取引のやり方がグローバルスタンダードとなっていったと。(当時だとヨーロッパが豊かとは限らず、中国などの方が豊かだったのに、ヨーロッパがいわば「標準」「規格」を情報により取れた、ってことか)



第6章 本当はしぶとかったポルトガルとスペイン

 ここで面白かったのは、私もなんとなくフェリペ2世がスペインを没落させた失敗した王様、と思っていました。

 しかしフェリペ2世はスペインだけでなく神聖ローマ帝国の多くの部分を引き継いでおり、ネーデルランドも領地なので、そちらを発展させたわけで、その点では失敗したわけではないと。(まあスペインの地位が下がり、ネーデルランドの地位が上がったのは変わらないか)

 でもネーデルランドにカトリックを強制したことにより、独立運動が起こり、鎮圧はしたけれど商人が他の地に逃げてしまって繁栄は失われるからやっぱり失敗した王様か・・・



第8章 大英帝国は借金上手?


 これらへ事後処理の差が明暗を分けた。

 ミシシッピバブルの方は事後処理に失敗し続け、外国金融界の信用を失う。最後はフランス革命に至る。

 南海泡沫事件の方はイングランド銀行を中心に国家も一体となって財政制度が整えられ、外国金融界の信用を得る。

 うん?
 じゃあ日本のバブル崩壊の処理は?
 外国に借金はしていないよなあ・・・で、何か事件があると円高に振れる(信用されている)なあ・・・



第12章 手数料を制する者、世界を制す

 ここで意外だったのは、イギリスは「産業革命」で物を輸出して貿易黒字がばんばん出て豊かになった、と思っていたのに、ほとんどの年は貿易収支は赤字であったこと。(しかし、何かからくりがありそうだなあ・・・計上されない儲けがあったというか・・・本国に入って来ずに、植民地で完結してる儲けとか・・・)

 じゃあ何で稼いでいたかというと、「サービス」。

 つまり世界の「基準」を作ることによって、多くの国がその「基準」を利用しようとする時に発生する手数料で稼いでいた、と。

 本にわかりやすい表が出てますが、下の論文の表を訳したものです。
 (登録すれば月だか週だかで6本はネット上で読めるんですね。ダウンロードするには16ドルかかりますけど)


 なお、この表で1850年から1860年に収入額がどの項目も倍になっています。

 ワットの蒸気機関の開発が1769年、その特許が失効し他の人も作り出したのが1800年。

 もちろん蒸気機関の性能も上がっていると思いますが、それ以外にも、この頃情報革命が起こっています。

 イギリスーフランス間の海底ケーブルの敷設、マルコーニの無線電信システムの構築などをイギリスは国を挙げて行った。それが工業生産で他国に追いつかれても、イギリスの経済の優位が続いた理由だとか。

 著者は「ヘゲモニー国家(覇権国家)」という呼び方を紹介してはります。


posted by kingstone at 00:16| Comment(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月06日のつぶやき






































































































































































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