私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年01月01日

あなたの強みは何ですか?(エディー・ジョーンズ)




「サントリーの選手と一対一の面談をしたことがありました。私は、選手一人ひとりに『あなたの強みは何ですか?』と質問したんです。そうしたら、みんな判で捺したように、自分の出来ないことを三つくらいあげるんです。そんなことは聞いてない、強みを教えて欲しいと話すと、選手たちはそこで黙ってしまう」
 選手たちは少し考えてから、ようやくひとつ、ふたつと自分の強みを話し出す。エディーさんはこれも、日本の教育の影響だろうと考えている。


 まあ教育っていうか、「学校教育」だけに限らず、社会の雰囲気としての「教育」やろな。
 もちろん「強み」と「弱み」は表裏の関係だから、実際はどっちもわかっている必要はあるのだろうけど、人に質問されたら「こういうところです」と言えたほうがいいかな。


 しかし、私も美学として「自分のいいところを評価するのは他人の仕事」というか、自ら言うべきもんではない、みたいな気持ちはあるなあ・・・(いや、ネットで、散々自分の自慢をしてるようには見えるだろうし、それは実際その通りなんですが・・・笑)

 これがリアルの仕事とかだと、「俺、言わへんし、気づいてやあ」と思ってしまうなあ。


posted by kingstone at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ラグビー・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「発達障害の僕が輝ける場所を見つけられた理由」栗原類著を読む



 Togetterで


をまとめました。


 こちらにもテキストで。

「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」栗原類著 読了。

 これすごくいい本だわ。
 いろいろ参考になる。
 一般化できない部分はあるとしてもね。
 構成は、

1.類君が自分自身の今まで
2.診断前後のことを書いて(お母さん)
3.現在の類君のこと
4.お母さんが今までしてきたこと、そしてこれからのこととして考えてはること
5.主治医の話
6.又吉さんとの対談

 まず、お母さんの類君の診断前後について語ってはる部分から。
 ちなみにこのあたり、アメリカでも地域差があり、NYはより進んでいる地域に入るそう。
 そして年ごとに改善されていっているそう。


 1年生の時の担任はサンドラ。NYの公立小学校教師は若い世代のなり手がなく高齢の女性教師ばかりに偏っていると問題視される環境の中では比較的若い先生で、40代くらいだったと思います。はっきり物を言うタイプで怒る時は怒鳴ったりもするし保護者に指図もダメ出しもするので保護者からは嫌われ、子どもからは好かれていた個性的な先生でした。私個人としては相性も良く、いい先生だと思ったのですが、米国では子どもを叱る時に怒鳴ったり、保護者に対して高圧的な態度を取ると保護者から非常に嫌われます。

 小学校では通常、保護者が自発的に担任へのクリスマスプレゼントを贈るのを企画し、クラスでお金を出し合い贈るのですが、嫌われている担任だとクリスマスプレゼントを贈ろうと誰も言い出さないし費用も出しません。ある意味それが意思表示のようにもなっていますが、サンドラにはクリスマスプレゼントを贈ろうと誰も言わずに無しになりました。それくらい嫌われてましたが、生徒達はみんななつき信頼していましたし類もそうでした。実際サンドラは子ども達をよく観察しているし、的外れな要求はしてきません。それでも他の保護者には不人気でした。



 サンドラさんと私って似てるかもしれない・・・



 サンドラから日々細かい指摘は受けていたものの、1年生の後半になった頃に「発達障害の可能性があると私は思うからテストを受けさせたい」と相談されました。とりあえず語学力がなかなか上がらないのも含めて物事の習得が何に関してもとても遅い。2年生に進級させられるかどうかも危ぶまれる状態だから「発達障書なのであれば対応した方がいいし、違うのであればそれはそれで違う対応を考えなきやいけない。今のうちに今後の対応を考えたい。正直言ってこのまま進級させられる状況ではないので留年させたい。だけど来年も私が責任を持って担任になるので私を信頼して長期的な目で見て欲しい」と言われ、テストを受ける事にしました。

 えらいよなあ。この
「だけど来年も私が責任を持って担任になる」
という言葉。これがあってこその、診断・テストの勧めが成立するんよな。排除しようとしているんじゃない。

 テストではIQテストや教育委員会から行動観察のために学校へ人が派遣されてきたり、担任や英語補習の教師など日常的に開わっている教師からの査定表の提出がされます。耳鼻科、眼科などの専門医から視力・聴力などの理由で生活に支障が出てるわけではないという検査結果の証明書等も提出され、様々な角度からの観察と査定結果を経て教育委員会で審査会を行います。審査会に参加するのは親の私と担任、教育委員会の担当者、精神科医、児童心理学者、第三者的視点で意見を出す他校の教諭、他校の保護者がボランティアで1名という顔ぶれだったと思います。そこでテストやその他の提出した資料を基に話し合うのですが、その時の私の言動も観察対象となります。


 開始早々で精神科医と児童心理学者から、私白身が典型的なADHDであるとの意見が出て、その時は満場一致で「明らかに典型的なADHDだ」とのご意見をいただきました。


 そこからスタートして提出した資料の内容や遺伝的性質なども勘案して類はADDと認定されるに至りました。認定されるとNY市に住み続けて公立校に通う限りNY市教育委員会には継続的に支援する義務が発生します。もちろん公費(税金)を使って高校を卒業するまでずっとですから、認定そのものには慎重です。だからそれだけたくさんの資料を提出し、様々な人が審査に関わって認定するかしないか協議するのです。


小学校5年生で帰国。
日本の小学校に通い始める。
また現在の主治医の高橋猛Dr.に診て頂くようになる。
モデルの仕事も始める。


お母さんから毎日言い聞かされていたこと。


「スタッフさんひとりひとりが集まって大きなひとつのプロジェクトを作っているのだから、モデルは決して主役ではない。みんなそれぞれにキャリアを持つプロばかりで、カメラマンのアシスタントさんも、スタイリストのアシスタントさんも、みんなあなたより年上で、常に自分は現場の1番下っ端であることを忘れるな」


禁句とされた言葉。
理由も説明してもらったけど忘れたって。
でも、毎日言われたので、禁句として覚えたって。

「今何時?」
「疲れた」
「まだ?」

 このあたりはお母様も業界の方であればこそかな。


 しかし小学校では友達から暴言をはかれてます。その要因として類君があげているもの。

1.「こんど○○に出るんだ」→自慢かよ
2.友達に言われたことを先生に報告する→チクリ
3.ファッションが周囲と違いすぎる
4.ずっと英語でひとりごとを言っていた

1.については「嫌われる要素は無いのに」と思ってはった。

2.についてはアメリカでは、生徒たちの間でケンカなどあれば、
  自分たちで解決するのではなく、先生が監修(まま)するのが普通。
   どんなに忙しくても、人手が少なくても何があっても、
  ちゃんとその問題をみなければいけないという義務があり、
  生徒たちも報告するのが当たり前だった。

3,については「日本の同調圧力」みたいなことも言われるけれど、
  実はNYでも周囲ではダボッとしたストリート系が流行っていても、
  独自のファッションをしていたので、あれこれ言われていたそう。
   日本ではあれこれは言ってこないが、
  「無駄におしゃれに気をつかいすぎる子」として浮いていたそう。

4.については当時第一言語は英語だったので。

 中1の時、上級生に脅かされ、軽いパニック発作を起こし、2週間ほど学校に行かなかった。この時、お母さんは転校を考えたが、主治医の高橋Dr.は、それまですべてお母さんの方針に賛成していたけど、反対されたそう。


 中学時代、ゲーム実況(録画の方ですね)をYouTubeで始め、これにより世界中に友達ができたとか。なお、アップ数がめちゃ多いけれど、お母さんから「エフェクトとか考えたら」とアドバイスされても、そちらには興味がいかなかったそう。

 そのあたりは私も似てるかな?私も「お子さんとの関わり方の分析」とか「ラグビーの試合の様子を伝えたい」というだけで、エフェクトとかに時間を割こうという気に全然ならないし。

 ゲームと動画アップにかなりの時間を割いてはったと思うのですが、ルールは作っても、禁止はされなかったことをお母さんに感謝してはります。

 で、高校は公立と私立を2校落ちたものの、通信制でしかし週4日通える高校を受験し合格、通いはるようになります。今、探せば本当にいろいろな学校がありますね。で、ここで初めて「自分から声をかけて友達を作る」ことにチャレンジし、成功しはります。


 17歳で「ネガティブタレント」としてブレイクし、
 19歳でパリコレの舞台に立つなど、
 多くの方が知っている大活躍をしはるようになるわけです。


 なお、「子役」から「青年誌」でタレント活動をするようになると「お母さんはついて来ないで下さい」と事務所から言われるようになるとのこと。

 しかし類君は今でも、とんでもなく「時間感覚がわからない」「ある場所にどうやって行ったらいいかわからない」というのがあり、まあスマートフォンなどを駆使しているのですが、それでもわからなくなってしまうことがあるようです。

 そういう時はお母さんに電話してヘルプを求めていると。また、お母さんがいない時に、物のある場所がわからなくなった時はFacetime(?)などを利用し、画像を送りながらどこにあるか教えてもらうのだそう。

 本当はご本人も単独生活をしたいし、また事務所もマネジメント上のことは一人でやって欲しいという希望をもってはるのだけど、お母さんが「24時間、対応しないと無理。それがマネージャーにできますか」と言ったところ、まあしかたないかとなっているとのこと。

お母さんは「たいていの人は18歳か22歳くらいで家から離れるようにしていくだろうけど、うちは30歳くらいまでにできたらいいかな」と考えられているそう。

 うむ〜〜。ここはどうなんだろう。単独生活(自立生活)って、「何かができるようになる」のを待っているより、まずは始めて、そこで困ったことを社会的な立場(事務所が雇った人とか、ヘルパーだとか)の人が解決していくようにしたほうがいいのでは、とは思いました。

 なお、類君の電子機器に関する意見。


 僕の場合は、字を書くのにバランスよく、読みやすく書くことが上手くできないので、意識して書くのには通常の人より頭と集中力を使います。だから、お財布やお金は置き忘れることがあっても、携帯電話やスマートフォンを失くしたり置き忘れたりすることはありません。だから、現金を持つより、電話機に電子マネーを入れておく方が安心でした。また、カレンダーにスケジュールを入れるのも、手書きだと億劫だけど、打ち込むのなら苦痛になりません。忘れちゃいけないことはリマインダーーにセットすれば、アラートで知らせてもらえるし、GPSがついていると、地図を見ながら目的地を探せるだけでなく、道に連った時に母に連絡して、僕の現在地を見てもらいながら「そこじゃなくて次の達を右!」とか、連った達から一緒に目的地を探してもらうことも可能です。それに、電車を乗り間違っていないか、仕事の集合時間にちゃんと間に合っているか、母がネット上で確認する事もできます。

 このように、電子機器で捕える部分は積極的に使った方がいいと思います。もちろん、日本の学校は機会の平等よりも結果の平等を重んじるので、苦手なことがたくさんある発達障害児だけが電子機器を学校に持ち込んで、みんなと同じ機会を得ることを許さない空気があり、小中高を通してタブレット端末やスマートフォンを活用させてくれないのが現実です。しかし、視力が低い子に視力がよくなる訓練をさせるのではなく、眼鏡やコンタクトレンズの使用をすすめるのと同様に、発達障害児にとっての眼鏡やコンタクトレンズに相当するのが、タブレット端末やパソコン、スマートフォンなのです。眼鏡は「他の子が使っていないんだから不公平だ。それを使わずに黒板の文字が見えるように努力しろ」とは言われないのに、発達障害児のスマートフォンは言われてしまう。それはやっぱり発達障害が正しく理解されていないからだと思いますが、非常に残念です。


 あと、現在の事務所の方には1年間かけて特性などをお話したけれど、本当にわかって下さったのは、様々なトラブルを経てからとのことで、周囲に理解してもらうためには、その過程を経る必要があるのかな、とこれは半分あきらめの境地で語ってはるのかな?

なお、主治医の高橋Dr.によると診断名については
当時(小1)のアメリカでDSM-IVの診断基準だからADDになったのであろう。
私の初診当時(小5)、DSM-VだとADHD+LD+ASDとなる
というような記述がありました。




posted by kingstone at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 特別支援教育や関わり方など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日のつぶやき














































































































































posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする