私の関わりのある法人

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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2017年01月31日

『自分たちのプレースタイルで戦うんだ』と自信を持つ(エディー・ジョーンズ)




 この本からはこれが最後になります。


「日本代表が成功するためには、選手たちが『自分たちのプレースタイルで戦うんだ』と自信を持つことです。ラグビーではフレキシブルに対応することが求められますが、ボールを保持するスタイルが十分に通用する、そう信じることが大事でしょう。それを基にして、ジヤパンらしいオリジナリティあふれるラグビーを創造していかなければならない」


 ここで言う「ボールを保持するスタイル」というのは、


で紹介した

「パスとキックの比率。これが世界のラグビーを読み解くカギです。ワールドカップに参加する世界のチームであれば、4回バスをしたら、1回はキック、というのが一般的な比率です。ところが、ジャパンの場合は違います」
「11対1。パスが11回に対して、キックが1回。これがジャパンに最も適した比率だというのが私の結論です。世界の常識に照らし合わせたら、これは尋常ではありません。しかし、この数字がジャパンには合っている」

ですね。

 この本は、2015年ワールドカップ以前の2015年8月30日に出版されています。

 で、もちろん、その他のハードワークとあいまって、このスタイルで、9月20日、南アフリカに劇的な勝利をあげるわけです。

 しかも、最後のペナルティーでキックを指示したエディー・ジョーンズコーチに対して、キャプテン、リーチ・マイケルはスクラムを選んで・・・

 何かこのあたりは、


の中の

「みなの反対は君の最大の勝利じゃないか」

というセリフを思い出させます。まあ、「みな」じゃなくキャプテンの判断ですが・・・


 さて、ラグビー日本代表のヘッドコーチはエディーさんからジェイミー・ジョセフさんに変わりました。
 先日のサンデー・スポーツでは「キックを有効に使う(つまり保持は少なくなるんだろうな)」とおっしゃってました。
 どんなふうに変わるんだろうか。






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2017年01月30日のつぶやき




























































































































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2017年01月30日

2017年01月29日のつぶやき




































































































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2017年01月29日

選手を迷わせず、選手に決断を促す(エディー・ジョーンズ)




 表題の言葉は、下のエディーさんの意見を要約するとこうなるかな、と思ってまとめた言葉です。


 失敗から学ばないと成長はできない。最悪なのは自分で決めるべきことを決めず、選手に任せてしまうコーチだ。
 実際、コーチの失敗を選手のせいにするケースも珍しくはない。
 試合前にコーチが多くの選択肢を示し、選手はその中のひとつのプレーを実践したにもかかわらず、結果を出せないと選手のせいにして叱責するコーチがいる。
 選手はコーチが示した選択肢の中から選んだのだから、怒られる理由が分からずに混乱してしまう。

「能力のないコーチは、オプションを提示しすぎるんです。選手に決断を促すのではなく、迷わせてしまう。混乱している選手は、傍からは懸命にプレーしていないように見えてしまうものです。それでまた、コーチに怒られる。でも、アスリートはプレーするにあたって100%全力を尽くすものです。それが100%に見えないときにはふたつの理由しかありません。フィジカル面で疲労が起ぎているか、メンタル面で混乱しているかのどちらかです」


 この点では、私は、う〜〜ん、う〜〜ん、と悩んでしまいます。

 私がスタッフさんを悩ませることがあるらしい。
「『こうしたらいい』と言ってくれたらいいのに言ってくれない」
「『俺はこうした』という言い方をする」

 もちろん、心当たりありまくりです。

「こうしたらいい」というのは、もちろん基本的な視覚支援や、音声言語で話しすぎない、とかはもういつも同じことを繰り返し言っています。しかし、それは「フォーマット」であって「コンテンツ」では無いんだよね。


 特に、日々、刻々と目の前の子どもは変わり、状況も変わっていくわけです。
 もし、何かトラブルというか困ったことが起きた時、あらかじめ作っておいた絵カードが役に立つ、なんてことはほとんどありません。(もちろん無いわけではなく、ある意味、それで対応できることも多いのだけど、本当にたいへんな時には無力なこと、あるいは場に合わないことが多いです)

 また「褒める」内容だって、日々、刻々と変わっていく。

 だから、私はコミュメモに即興でいろいろ書いて見せることが多い。
 その内容は、その時々によって変わってくるから、自分で考えてもらうしかない。

 いちがいに「こうしたらいい」とは中身までは言えないわけです。
 ただ「描いて・書いて見せる(指示する、ではなく、コミュニケーションする)といい」というのは常々言ってますが。


 また、「俺はこうした」の場合、それにくっつけて「俺のマネはするな」まで言ってしまうもんなあ・・・
 確かにそう言われても困るというのはよく理解できる。

 例えばね、
「まずは黙って何もしないで見ておいて」
次に
「どうしていいかわからないようだったら絵カード(文字つき)を見せて(お子さんによっては声かけもあり)」
次に
「指さして」
次に場合によっては
「ちょんと押して(あるいは引っ張って。これは方向づけるだけ)」

 とかまではお願いするけど、それ以上の
「強く押す」「強く引く」とかの場合、それが必要な状況になったら私が出ていく。
で、その子との関係性とかも考えながら、力も加減しているんだけど、それは外からは見えないし、体感できるもんではないから、下手にマネすると危険だから「マネしないでね」になるんだけどね。そして関係性というのはスタッフ一人ひとりでも違うし・・・

 あと、私がその時「どんなことを感じ、考えながらやっているか」も説明はしてきてるけど(例えば「なんでこのお子さんをこの状態にしてきてるんだ」という悔しさとか・・・)それもわかりにくいもんだろうし。

 そして、そういうのは一時的なもので、私が出ていくことができるだけ必要無いようにしていくのね。


 しかし、う〜〜ん、特に「こうしろと言わない」という部分は、判断し、決断するくせをつけて頂きたい、という意図もあるのだけど、難しすぎるのかな・・・

 あっと、ただ、私、スタッフさんの失敗を怒ることは少ないと思うのだけど。

 しかし、スタッフさんが迷ってパフォーマンスを下げるなら、私の責任だな。


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映画「未来を花束にして」(原題 SUFFRAGETTE)



映画「未来を花束にして」(原題 SUFFRAGETTE)

 以下ネタバレありまくりです。

 昨年9月に作られたTogetterのまとめが気になってました。



 15:55からの回で、観客は10人くらい。

 主人公、モード・ワッツ  キャリー・マリガン

 イーディス・エリン  ヘレナ・ボナム=カーター

 薬剤師で爆弾を作る。

 この人、「日本公開時修正された映像が今は無修正で見ることができる」というので見に行ったら男がちんちんぶらぶらさせて走り回っててがっくりした「眺めのいい部屋」の人だ。

 そして戦闘的な選挙権獲得運動の中心人物で女性社会政治同盟( Women’s Social and Political Union (WSPU) )を作ったエメリン・パンクハーストにメリル・ストリープ

 SUFFRAGETTEとというのは、周囲の人が女性参政権獲得運動をしている人を馬鹿にして呼んだ言葉だそうです。馬鹿にして呼ばれていた言葉が、肯定的(?)な意味も持つようになることって結構あるかな。

 オタクって言葉もある程度そうかもしれない。


 1912年から1913年の間のことが描かれています。

 当時、エメリン・パンクハーストは警察に追われていて、集会で演説中に警察がやってきて(もちろん想定内)替え玉を使って逃げるシーンもありました。

 この団体、1912年から1913年にかけて、最初はデパートみたいなところのショーウィンドウを石で破壊する。

 次にポストに爆弾を入れて破壊する。

 いずれも自分たちの主張をマスコミに取り上げてもらって広げていこうということなんだけど、ほぼ無視され、ついにロイド・ジョージ首相の完成間際の別荘を爆破・炎上させるけどベタ記事。

 まあ「そんな活動無いよ」「馬鹿馬鹿しい主張」ということで、報道規制というか情報操作されてたんだろうな。

 一応、「人を傷つけない」という一線は引いていたみたいだけど。
 しかし、当時のイギリス女性は、親権も無いし、男に殴られ放題で従属さされていただろうことは、映画にも出てきたけど、今の時代のことを考えても想像にかたくないよな。

 ロイド・ジョージ宅爆破・炎上事件のあと、主人公は監獄に入れられ、そこでハンガー・ストライキをします。5日目に強制的に鼻からチューブをつっこまれミルクをお腹に入れられるシーンが出てきます。

 英国の女性参政権について日本のWikipediaには記述がなく、参考にしろ、というところをクリックすると英語版のWikipediaに飛ばされました。Chromeについてる翻訳機能でざっと見て見ましたが。

 で、映画の時期のものは下記の通りですが、その強制的に鼻腔栄養さされるのを禁止した法律が「ネコとネズミ法(Cat and Mouse Act)」ですね。

 で、もうこれは国王(ジョージ5世 在位1910年 – 1936年)に直訴するしかない、とダービー会場に行き、しかし直訴はできず、エミリー・デイビソンは疾駆してくる馬の前に立ちふさがり死亡・・・

 さすがにこれは全世界に報道されたそう。

で、英国ではその後

1918 30歳以上の女性に制限選挙権
1925 母親の親権が法律で認められた
1928 男女平等による普通選挙が実現

で、最後に各国の女性参政権が獲得された年が出てくるのですが、その中に日本は無し。
これは敗戦で棚ぼた式に与えられたものだからだろうか?

沖縄では1945年の収容所内で行われた市会議員選挙から実施されたそう。
本土では1945年に法律ができ、1946年から実施されたそうです。



October 1912: George Lansbury, Labour MP, resigned his seat in support of women's suffrage
February 1913: David Lloyd George's house burned down by WSPU[37] (despite his support for women's suffrage).
April 1913: Cat and Mouse Act passed, allowing hunger-striking prisoners to be released when their health was threatened and then re-arrested when they had recovered
4 June 1913: Emily Davison walked in front of, and was subsequently trampled and killed by, the King’s Horse at the Epsom Derby.

1912年10月:ジョージ・ランズベリー、労働MPは、
       女性の参政権をサポートするために
       彼の席を辞任しました
1913年2月:デビッド・ロイド・ジョージの家はによって
       焼失WSPU [37] (婦人参政権のための
       彼のサポートにもかかわらず)。
1913年4月:ネコとネズミ法は、彼らが回復したときに
       飢え打囚人が自分の健康が脅かされたときに
       解放され、その後再逮捕されることを可能に
       する、渡されました
1913年6月4日:エミリー・デイヴィソンが目の前に歩いて、
       そしてその後に王の馬で踏みつけと殺された
       エプソムダービー。

タグ:映画
posted by kingstone at 20:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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