私の関わりのある法人
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※このブログに書いていることは、私の関わりある法人の意見ではなく、
 あくまでも、私個人の意見です。

2016年07月03日

夜を乗り越える 又吉直樹著


 面白かったです。

 又吉さん、小学校の頃は本当は喧嘩や暴力は嫌いなのに、無表情なところが周囲から喧嘩が強いと思われ、しかも友達が別のクラスの番長みたいな男に「うちのクラスにはまったんいるから、お前なんか相手じゃない」とか言ってしまう(周囲に期待されてしまう)ので、喧嘩にあけくれていたそう。いやあ、そりゃ困ったやろな。

 なお、その頃の勉強はと言うと・・・

 勉強はまったくできませんでした。
 よく先生からは「ぼけっとしている」とか「集中力がない」と言われていました。本当にその通りで、授業を聞いていてもすぐに、宇宙はどれくらい広いのか?神様はいるのか? 透明人間になれたら何をしようか?などとどうでもいいことを考えてしまい、先生の声が聞こえなくなってしまうのです。三年生になる頃には、算数は手のつけようがないほどわからなくなっていました。僕だけ、みんなとは別の数字が大きく書かれた一桁の計算ドリルを先生に用意してもらいやっていました。簡単に言うとアホでした。
 その中で、国語だけは苦手意識がなかったのですが、テストでは自分なりに答えを書いてみても、サンカクをつけられ、赤ペンで「考えすぎ」などと書かれることが多かったように思います。国語の授業では教科書に載っている、物語や詩をひとりで勝手に読むのが好きでした。あとはひたすら国語辞典と便覧を読んでいました。「授業は聞いていないんですが、国語辞典をずっと読んでいるから注意しにくいんです」と保護者懇談会の時に母親が先生から言われていたのを覚えています。

 わあ、こういう子、目に浮かぶ・・・
 しかしそういう時「みんなとは別の数字が大きく書かれた一桁の計算ドリルを先生に用意してもらいやっていました」という対応がいいんだろうか・・・いや、先生はすごく配慮をして下さっていたと思う。でも、ほんと、どうしてあげるのが良かったのかな・・・しかし「どうしてあげたら」なんてこととは関係なく、又吉さんは立派に又吉さんとなったわけだけど。

 なお、中学は校区割りの関係で、通っていた小学校の友達がすごく少ない中学校に進み、そこで「それまでの期待されていた又吉」ではなくいられるようになったってことです。


 上京したのは1999年の4月でした。
 吉本のお笑い養成所NSCは、芸人になりたい人、おもしろいことを言いたい人、つまり自分が信じる笑いの力で教祖になりたい人が約五百人集まるカオスな場所でした。そこでは全国から集まった様々な個性がぶつかり合っていました。
 そんな変なやつらの集まりですから、講師の言うことは基本的には誰も聞きません。たまに真面目に講師の言うことを実践しようとする人もいましたが、夏くらいでみんな辞めてしまいました。講師も「そのままやるなよ」と思っていたはずです。僕も今、「文学とお笑い」というテーマで何度かNSCで講師をやらないかと言われます。でも、申し訳ありませんがお断りしています。講師の話と、芸人の先輩という立場で話すのとでは生徒達への響き方は多少達うと思いますが、たとえ本音で話したとしても「お前くらいが、何言うとんねん」と僕に対して生徒が思うのは健全なことですから。


 これ。ほんまなあ、講師とかする時、悩むポイントではあるわな。まじめに講義を聞くより「俺のほうがうまく実践するは」と自分でずっと考えつめたり、また後で出てくるライブみたいに実践を積んで行ってくれる人のほうがいいんだけど、自閉症スペクトラムや発達障害のお子さんに関わるには基本的な知識・技術はあったほうがいいしなあ・・・


 なお、ノストラダムスの大予言のせいで、1999年に死ぬと思っていたそうなので、いろいろ思い切ったことができたのかもしれませんね。


 先輩の家にお邪魔した時、先輩や他の後輩たちがテレビを見ていたので、僕は持参した小説を当たり前のように読んでいました。先輩に「又吉、先輩の家で長編小説は読んだらあかんで」と注意を受けましたが僕は先輩が冗談を言っていると思い、「ハハハ」と一旦笑った後、再び本の上に視線を落とし作品の世界へ突入していきました。先輩達の会話とテレビの音が丁度いい雑音になって随分集中して読むことができました。今となっては後輩として、いや社会人として非常識な行動だったと自覚しています。


 ふむ、ふむ。冗談と思いはったんやな。

 ライブに来て下さるお客さんについて。

 僕は芸人になった一年目からライブする時、「お母さんとかバイト先の店長とか呼ぶなよ!」と同期の芸人に言っていました。チケット売れなかったら買い取りになるから、みんなすぐに楽して身内を呼ぶんですよ。三年目くらいになるとお客さんが少しずつついてくれます。毎日来てくれるお客さんに感謝はしていますが、そこに依存して百人くらいのお客さんを十組くらいの芸人で何カ月も取り合っていたら、それはもう百二十人くらいの大家族なんです。世間からズレた独自の笑いの進化を遂げて、「おもんない」が「おもしろい」になってしまったりするんです。もはや進化ではないですよね。しかも、同じお客さんを取り合っているだけだから永遠に会場のキャパを拡げることができない。それでいて、飲み屋で「もっと広い劇場でやりてえな」とか言う。できるわけないやん。自分達がさぼってるんやから。そういうライブはしっかりと淘汰されて終わっていきましたし、スターを生むことはできませんでした。
 一部を除いてそんな状況と似た、かなりぬるいことが文芸の世界でも起こっているように感じています。


 常にこの、「新しい顧客にチャレンジ」の感覚は持っていないといけないんだろうな。



 僕が大好きな太宰治は日本を代表する素晴らしい小説家ですが、はっきり言って「大宰好き」と公言することは勇気が必要です。それは僕もたまに感じているのですが、文学に詳しい人達からなめられやすいらしいのです。「大宰の『人間失格』が好きです」と宣言したら、「お前、本そんなに好きじゃないだろ?」と言われることはあっても、「お前、文学詳しいな」と評価されることはありません。
 でも僕は、誰かから「お前は文学詳しいな」と評価されたいという欲求がありません。本を好きなように楽しく読みたいだけなんです。

 これもよくわかる。
 それこそ「厨二病」あつかいされるところあるもんな・・・

 しかし・・・

 あと太宰好きを公言すると他の熱狂的な太宰ファンの方から、「お前ごときが太宰を語るな」と厳しい言葉を投げられることもあるそうです。

 私、東京にいた頃に「なんとか文学の会」みたいなのにまぎれこんでしまったことがあるんだけど、それが太宰のファンの集まりみたいなところで、講師さんの講話について否定でもしようものなら、なんか殺されそうな雰囲気を感じてしまったことがあります。まあそこに参加した体験も「こういう世界があるのか」ことを知ったという意味では貴重な体験でした。


posted by kingstone at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 本・記事・番組など | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

7月3日(日) 神佛にも、人の詣でぬ日、夜まゐりたる、よし(徒然草)



 おはようございます。


 今日の天気予報は曇時々晴。
 予想最高気温は 30℃。
 連続30℃。
 昨日も暑かったしな・・・



・ 第百九十二段

 神佛にも、人の詣でぬ日、夜まゐりたる、よし。

 いや、「人の詣でぬ日」はいいとして、「夜」はこわいというか・・・
 丑の刻参りをしている人とか、いろいろいるだろうし・・・


posted by kingstone at 02:50| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月02日のつぶやき






























posted by kingstone at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | よしなしごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする